うるま市は石川の住宅街にある「Mauvaise herbe (モヴェズ エルブ)」。フランス語で「雑草」を意味する店名のように、沖縄の在来食材や通常食用にされない野生の素材を活用し、独自のテロワールを追求した料理を提供しています。レストランの正確な住所は公開されておらず、予約完了時にのみ通知される仕組み。Googleマップにも登録がなく、何ともミステリアスな存在です。
店内はカウンター席が中心でこぢんまりとしており、シェフが料理からサーブまでワンオペで対応します。小島圭史シェフは東京、パリ、マルセイユで経験を積み沖縄へ移住。出張料理「名前のない料理店」を運営したのち当店を開業。ゴ・エ・ミヨにも載る、今や沖縄を代表する料理人のひとりでしょう。
飲み物はアルコールもノンアルコールも同料金の1.1万円。私はアルコールでお願いし、東欧を中心とした独特のセレクションを楽しみました。連れは運転があるのでノンアルコールなのですが、これが抽出や発酵を駆使しており、ドリンクというよりもスープに近い手の込みよう。アルコールを飲まない客層に対しても、料理と同等の深度を持つペアリング体験を提供しています。栓を開けるだけのワインよりも、手がかかっているという意味でノンアルコールのほうがお値打ちかもしれません。
まずは「根」。色んな植物の根から抽出したスープであり、複雑な苦味と深みのある土の香りを纏っており、まさに滋味深い味わい。ポタージュのような分かりやすい美味しさとは一線を画し、漢方や胃薬を思わせるような薬膳的なニュアンスが強く感じられます。
シェフ自らが摘んできた野草を主役にしたアミューズ。繊細でパリッとした食感の筒状の生地の中には、滑らかで酸味のあるフロマージュブランが詰められています。そこに合わせられた野草の鮮烈な青い香りとほろ苦さが、チーズのコクを軽やかに切り裂きます。野草は決して添え物ではなく、その生命力あふれる香気が鼻腔を抜けていき、食欲を心地よく刺激します。
じっくりと熱を入れた玉ねぎ。野菜という枠を超え、まるでフルーツのような濃厚な甘みとねっとりとした食感を獲得しています。中にはチーズが潜んでおり、玉ねぎの甘みに動物性のコクと塩気が重なります。黒いパウダーは食べられるように処理した土であり、玉ねぎが育った土壌そのものを一緒に味わうような、根源的かつ哲学的なひと皿です。
沖縄のヒージャー(山羊)をフランス料理の技法で再構築した意欲作。タルタルは新鮮な赤身の旨味をダイレクトに感じさせつつ、特有のクセをハーブやスパイスで巧みにマスキングし、クリアな味わいに昇華させています。一方のブーダンは沖縄の伝統料理「チーイリチー」を彷彿とさせるひと品。山羊の血を用いた濃厚で鉄分を含んだコクと、ねっとりとした舌触りが特長的。
マングローブ蟹。泥地に生息する甲殻類特有の力強い旨味と香りを放っています。付け合わせにはカブを起用し蟹の強烈な個性の緩衝材に。優しく慈悲深い甘みが、蟹の野性的な風味を包み込み、口の中で調和をもたらしています。
マベ。本来は食用として流通することが稀な貝であり、通常であればエグ味や雑味となり得る要素を丁寧な下処理で取り除き、貝本来が持つ強い磯の香りと旨味の芯だけを残しています。これをサクサクのパイ生地で包み焼き上げ、貝の出汁をパイが吸い込み、濃厚な一体感を生み出しています。
パスタ風の沖縄そば。伝統的な木灰(もっかい)そばの製法で作られた麺は独特のコシと小麦の風味が際立ち、パスタとして見事な適応を見せています。ソースにはヨモギやモリンガといった薬草が用いられ、鮮やかな緑色と共に爽やかな苦味と青い香りが全体を支配します。トッピングされた「ガンガゼ」は、一般的なウニよりも甘みが控えめで、むしろ磯の塩気や独特の苦味を持つ食材。玄妙にして複雑な海と森のパスタです。
沖縄近海で獲れた「かりゆしキンメ」は、身質がふっくらとしており、皮目の脂の甘みが上品。スープはキンメダイの骨やアラから丁寧に抽出し純粋な旨味が凝縮。また、添えられたハーブが魚の脂っぽさを切り、清涼感のある香りのレイヤーをプラスします。本日一番のお皿でした。
自家製パン。派手な主張こそありませんが、手に取ると温かく、鼻を近づければ焼きたての香ばしさと共に穀物本来の力強い香りがふわりと立ち上ります。噛みしめるほどに小麦の甘みと酵母の自然な酸味が滲み出し、まさに「しみじみ」という表現が最適解だと感じさせる味わいです。
メインは牛肉。お産を経験した乳牛を再肥育しており、赤身の味が濃く噛み応えがあるのが印象的。思いのほか脂ものっており、若い牛にはない深みのある味わいです。
イラブーのスープ。琉球王朝時代からの宮廷料理であり、鰹出汁とは異なる独特の深いコクが特長的。見た目はグロテスクなイメージがあるイラブーですが、味は極めて上品で滋養強壮の塊のような味わいです。
デザートにクレームキャラメル。黒糖を贅沢に使用しており、スプーンを入れると適度な弾力が感じられ、口に含むと黒糖特有のミネラル感を含んだコクのある甘みとホロ苦さが広がります。卵の風味もしっかりと感じられる、奇をてらわない直球の味覚です。
「パナップ」を彷彿とさせるようなひと品。ベースとなるフロマージュブランのアイスにはヨーグルトのような爽やかな酸味と乳脂肪のコクがあり、さっぱりとした口当たり。そこに鮮やかなピンク色のドラゴンフルーツがソースのように練り込まれています。その南国的な香りが、チーズの酸味と美しく調和し、コース終盤に相応しい清涼感をもたらします。
〆のハーブティーとカヌレ。カヌレが傑作。通常のカヌレとは異なり全体的にフルフルと柔らかい食感が印象的で、トップにはアオカビのソースが置かれており、強烈な塩気と刺激的な香りが重なり妖艶な味わいを生み出しています。
以上のコース料理が2.2万円にドリンクが1.1万円でひとりあたりの合計は3.3万円。沖縄においてはトップクラスに高価な食事ですが、シェフが環境そのものへ能動的に介入し、これまで見過ごされ、あるいは害とされてきた生命(外来種、害獣、路傍の草)に新たなガストロノミー的価値を見出すことに挑戦していることを考えると、妥当な価格設定と言えるでしょう。
分かり易く美味しい料理ではなく、ある意味ではストーリー性重視のディナーショウ。市場価値の高い高級食材(フォアグラ、トリュフ、キャビアなど)を偏重する商業的な美食へのアンチテーゼ。こういったストーリー性や哲学をきちんと理解した上で訪れましょう。
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