日本橋蛎殻町の静かな一角に佇む「フランス料理研究室 アンフィクレス (AMPHYCLES)」。カーテンで内部が窺えない秘密めいたファサードに加え、「フランス料理研究室」という冠もなんかちょっとヤバそうですが、フランス料理愛好家からは熱烈な支持を集める実力店です。
僅か6席のみのコンパクトなダイニングである一方、調理場は客席より広く「研究室」という冠は伊達ではありません。この店での食事は単なる商業的な取引ではなく、シェフが「室長」として研究成果を発表するという側面を持ちます。
河井健司シェフは日本のフランス料理店で経験を積んだのち28歳で渡仏。パリの名店「リュカ・カルトン」や「ル・セルクル」「サンドランス」などで研鑚を重ねた世界水準の経歴。月刊誌「選択」にて、食についての連載を預かり、エスコフィエの「LE GUIDE CULINAIRE」の50年ぶりの翻訳に携わるなど、その姿勢はまさに研究者です。
ワインの値付けは驚くほど良心的で、こんなことなら大勢で来てボトルをバンバン開ければ良かったと後悔。己の愚かさに今も断腸の思いで打ち震えています。
なお、シェフは料理人であると同時にサービスマンでもあり、この知的で集中的なサービススタイルは、万人向けではない可能性もあるでしょう。その話芸は湯島「すし初」に通じるものがあり、受動的に食事をするだけでなく、学び、関与したいという欲求を持って訪れるべきレストランです。
アミューズは ムール貝のグラタン。モンサンミッシェル産のものを用いており、小ぶりな身に凝縮された濃厚な旨味と力強い海の香りが特長的。グラタンに仕立てることで、ムール貝のクリーミーな甘みを一層引き立てます。
ウサギのパスティーヤ。パリパリの薄い生地の中にはウサビのモモ肉にフォアグラ、ドライフルーツがたっぷり。ドライフルーツの凝縮した甘酸っぱさが、淡白なウサギ肉とフォアグラのコクを見事に繋ぎ合わせ、シナモンのエキゾチックな香りが全体に複雑で魅惑的な奥行きを与えます。この甘塩っぱい味わいの妙を、添えられた梨の瑞々しさが絶妙に引き立てます。これは旨い。手づかみでバクバク3個ぐらい食べたい。
お魚料理はシロアマダイ。鱗をつけたまま香ばしく焼き上げており、皮目はパリパリと小気味よく、身はしっとりと柔らかく、その上品な甘みが際立ちます。秋の森の香りを運ぶセップ茸も風味豊かであり、アワビの肝から作られた贅沢なソースが全体をまとめ上げます。海の幸と山の幸が見事に調和したひと皿です。
メインはフランス南西部ランド地方で育った仔鳩のロースト。皮目はパリッと香ばしく、肉は美しいロゼ色に仕上げられ、噛みしめるほどにジューシーな旨味があふれ出します。ハツやレバーなどの内臓類も添えられ、鉄分を感じさせる力強い風味が素晴らしい。フランス料理の真髄ともいえるクラシックなソースづくりも見事であり、大英博物館に「フランス料理」として飾りたいほどです。
チーズは秋の訪れと共に現れるモンドール。エピセアの樹皮で巻かれて熟成されるため、森を思わせる独特の香りをまとっています。トロトロに熟したテクスチャーは官能的ですらあり、乳脂肪の豊かなコクとナッツのような風味が実に贅沢。
お口直しにシャインマスカット、フロマージュブラン、レモンのゼリー。シャインマスカットの弾けるような食感と高貴な香りを楽しみつつ、そのジューシーで芳醇な甘みを、フロマージュブランの軽やかな酸味とクリーミーさが優しく包み込みます。レモンからは鮮烈な香りとキレのある酸味が感じられ、全体の印象をきりりと引き締めます。
メインのデザートは生チョコレート。ドミニカ共和国サマナ半島産のカカオを用いており、赤い果実を思わせるフルーティーな酸味やスパイシーなニュアンスを感じさせます。口溶けは滑らかで、舌の上でゆっくりと溶けていくにつれカカオ本来の複雑で奥深い風味が花開き、甘さだけでなく心地よい苦味や酸味の余韻が長く続きます。これは史上最強のチョコレートかもしれない。
お茶菓子にも手抜きはなく、とりわけブラッドオレンジのギモーブが絶品。空気のように軽くふわりと口の中で溶けて消える繊細な口当たりながらオレンジの濃い味はしっかりと残り、これは史上最強のギモーブかもしれない。
以上のコース料理が1.5万円で、一同ずっこけました。意味が分からない。何をどうしたらこの価格を実現できるんだ?実家太いのか?お金の話はさておき、全ての料理が古典的で正統的であり、豊かで複雑、そして深い満足感を与えるもの。古典フランス料理の愛好家にとって、このレストランは最終目的地と言えるでしょう 。
「La couleur d'ete (ラ クルール デテ)」や「Ciotat(シオタ)」「ドゥエ リーニュ プリュス (Due ligne +)」などの孤独なシェフたちと目つきが似ている。流行に流されることなく、深く研究し、実行に移す。今日ではますます稀少となった美食の形を提供するフランス料理店でした。
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「好きな料理のジャンルは?」と問われると、すぐさまフレンチと答えます。フレンチにも色々ありますが、私の好きな方向性は下記の通り。あなたがこれらの店が好きであれば、当ブログはあなたの店探しの一助となるでしょう。
- オトワ レストラン(Otowa restaurant) ←本気でフランスの料理文化に取り組んでいる。
- ガストロノミー ジョエル・ロブション (Joel Robuchon) ←やはり完璧。
- La couleur d'ete(ラ クルール デテ) ←選んだ孤独は良い孤独。
- ナリサワ ←何度訪れても完璧。
- フランス料理研究室 アンフィクレス (AMPHYCLES) ←古典フランス料理の愛好家にとっての最終目的地。
- L’ESSOR(レソール) ←一斉スタートのちょづいた港区料理店は100回生まれ変わっても敵わない本物感。
- 現代茶寮 銀座凮月堂 ←食文化の担い手としてヘタなことはできないという使命感。
- elan(エラン) ←表参道のナポレオン。
- 銀座 大石 ←自分が働くならこういう職場。
- ル・マンジュ・トゥー ←接客は完璧。料理は美味そのもの。皿出しのテンポも良く、とにかく居心地の良いお店。客層も好き。
- エルヴェ(eleve) ←アラカルトでもコースでも自由自在。
- TAIAN TOKYO(タイアン トウキョウ) ←流行り廃りに捉われないマッチョな料理。
- アサヒナガストロノーム ←そこらのフランス料理店とは格が違う。
- エステール(ESTERRE) ←料理もサービスもパーフェクト。外せない食事ならココ。











