<プリンセス・メダリオン・クラス>
今回、初めて実際に体験することになったのが、「プリンセス・メダリオン・クラス」という仕組みでした。存在自体は事前に知っていたのですが、実際に自分の身で使うのはこれが初めてです。500円玉ほどの大きさのコイン型ウェアラブル端末を、首から下げたり、クリップやリストバンドで身につけて過ごすというもので、従来のプラスチック製クルーズカードに取って代わる存在です。
このメダリオンでできることは多岐にわたります。客室のドアは鍵をかざす必要すらなく、前に近づくだけで自動的にロックが解除されます。専用アプリから飲み物や軽食を注文すれば、船内の現在地を検知したスタッフが、こちらの居場所まで直接届けてくれます。バーやショップでの支払いも、端末をかざすだけで完了する非接触決済です。広い船内で家族や友人が今どこにいるかもマップ上でリアルタイムに確認できます。港でのチェックインや寄港地での出入りも、タッチレスでスムーズに行えるようになっています。
技術としては、なるほど大したものだと素直に感心します。しかし、実際に使ってみると、素直に喜べない部分もいくつかありました。
まず、位置情報が把握されているというのは良し悪しです。客室係の側も私の居場所を把握しているようで、部屋にいると分かっているせいか、掃除に来てくれない日がありました。また、部屋のドアが近づくだけで勝手に解錠される仕組みは、便利という以上にどこか気持ちの悪さがあります。誰かに待ち伏せされていたら、押し込み強盗などいとも簡単でしょう。会計についても、気づけば勝手に決済が済んでいるという状態で、これもまた妙に落ち着かないものがありました。
船内を見渡すと、ゲストの誰もがスマートフォン片手にメダリオンアプリを操作しており、どこか最近のディズニーランドのような、情緒に欠ける光景になっていました。避難訓練すら、動画をスマホで視聴して集合場所でメダリオンをタッチするだけという簡略化された形式に変わっており、本当にそれでいいのだろうかという疑問も残ります。
船内で働くスタッフの数も、以前より減ったように感じました。対面での手続きが必要な場面では、決まって行列ができています。優れたテクノロジーであり、考え抜かれたシステムであることは理解できるのですが、何でもかんでもデジタルに置き換えればいいというものでもないのでしょう。人は結局のところ、対面で誰かに相談したい生き物なのだと思いました。
<設備>
さすがコロナで世界にその名を轟かせた船だけあって、レストランの前には消毒液がきちんと設置されており、手洗い場も以前より増えていました。
他方、情報提供の面はとにかくデジタル一辺倒になり、全体的にどこかそっけない印象を受けました。紙媒体での案内が減ってしまったのは少し寂しく感じるところ。スタッフがスマートフォンをポチポチと操作しながら対応する様子も、正直なところあまり感じの良いものではなく、傍から見ると遊んでいるようにすら映ってしまいます。船内のあちこちに設置されたデジタルサイネージも、クルーズ船という空間の雰囲気にはどうにも馴染んでおらず、かえって分かりにくくなっている印象すらある。
ここまでデジタルに依存していると、もしシステムに大きなトラブルが起きた場合、船内はちょっとしたパニックになるのではないかと心配になります。どのようなコンティンジェンシープランを用意しているのか気になるところです。
寄港地では市街地までのシャトルバスも無料では用意されなくなっていました。有料のチケットを購入する必要があり、車で10分の距離が往復で30USDも請求されます。
それならばと地元のタクシーを使おうとしても長蛇の列。地方都市だと配車アプリも使えません。寄港地で市街地に遊びに行くことは最初から分かっているのですから、その分の輸送手段くらいはクルーズ代金に含めておいて欲しいところです。これまでの少なくないクルーズ旅行において、こうした不便を感じたことはありませんでした。
<客層>覚悟していたよりも年配の方の割合はさほど高くありませんでした。むしろ若年化が進んでいる印象で、子連れの家族連れも多く見かけました。
そうした乗客たちの様子はホテルのクラブラウンジや空港のエアラインラウンジの雰囲気にどこか近いものがあります。乗船直後は、皆が「食べ放題だぞ!」とばかりに欠食児童のような空気を纏っていますが、日が経つにつれて次第に落ち着きを取り戻していきます。人間、どれだけの贅沢にも慣れが生じるものなのだ。
外国人ゲストの多さも予想以上でした。日本人比率は航路によって変わるようですが、日本発着のクルーズであれば5割前後とのこと。コロナ前と比べてアメリカ人やオーストラリア人の乗客が増えたそうです。
一方で、客層のばらつきの大きさは気になりました。タワマンのように5億円の分譲住戸と20万円のワンルームの住人が同じ建屋に混在して住んでいるような状態です。高級ホテルのように価格帯によってある程度フロアやラウンジ、動線が分けられている方が、全体としての快適さは保たれるように思います。あまりこういう言い方はしたくないのですが、内側の窓のない安い部屋に泊まっている家族連れほどマナー面で気になる場面が多かった。
<レストラン>最も変化を感じたのがレストランまわりでした。以前と比べて店舗の入れ替えやリブランドが進み、日程や時間帯限定のポップアップ型レストランなども登場していました。この点は新鮮で悪くない変化だと思います。
しかし、運用面では首をかしげる場面が多くありました。「予約をしてください」と案内される割に、アプリから予約できるのは有料レストランだけで、無料のレストランはアプリ非対応。結局は内線電話など手間をかけるしかなく、何だか解約できないサブスクみたいだなあという印象です。プラチナメンバーには優先予約の特典があるという案内も受けていましたが、実際にはまったく機能していませんでした。
無料のレストランに向かうと、決まって長い行列ができています。ところが実際に店内を覗いてみると、席自体はかなり空いている。どうやらスタッフの手が回っておらず、入場そのものを制限しているだけのようでした。
現場で働くスタッフたちの様子からも、以前に比べて明らかに余裕がなくなっているのが伝わってきました。誰もが本当に忙しそうで、無駄口を叩く様子もなければ、笑顔もほとんど見られません。
飛鳥Ⅱの心を失った機械のような接客を思い出させる光景です。相席となるシェアテーブルを積極的に勧めるようにもなっており、客がバラバラと座ってしまうと案内の手間が増えるからなのでしょう。以前はバズーカのような巨大なペッパーミルを持って各テーブルを回り、他愛のない雑談を交わしてくれるスタッフもいたものですが、そうした余裕も今は見当たりません。
料理そのものの味はデジタル化の余地がないためか、以前と変わらない水準を保っていました(といってもガスト以上、ロイホ以下)。ただし、提供されるまでの速度は以前と比べて格段に遅くなっています。洗浄が追いついていないのか、グラスすら十分な数が用意されていない場面もありました。もっともこれは現場のスタッフの怠慢というよりは、明らかに人員が削減された結果であるように見受けられ、彼らを責める気にはなれません。
コスト面についても、どこか懐が寂しくなった印象を受けます。料理の量は減り、ステーキ系のメニューは別料金になっているものが多い。それなら最初からカバーチャージ制のステーキハウスを利用しようとメニューを見てみると、カバーチャージに加えてさらに追加料金がかかる肉料理まで存在しており、なんとも言えない気持ちになりました。加えて有料レストランですら運用がスムーズとは言い難く、やはり全体として人員を絞り込んでいるのだろうという印象は拭えませんでした。以前は誰もがカンヌ出れそうな接客だったのに寂しい限りです。
食事中の撮影サービスや生演奏の機会も、以前より減っているように感じます。一見無駄に思えるようなその演出こそが、実は無駄ではなかったのだと、今になって気づかされました。
<プリンセスプラス>今回は「プリンセスプラス」というパッケージプランで予約していました。1杯15USDまでのアルコール類やソフトドリンク等が1日15杯まで楽しめるドリンクパッケージが含まれており、ミネラルウォーターもいつでも用意してくれます。ドリンク注文時のチップも、あらかじめこの中に含まれています。
インターネットについても、船内Wi-Fiが1名につき同時接続1台までという制限はありますが、通常の使い方であれば十分な内容です。
このプランのありがたみを一番感じたのは、客室タイプに応じて1泊ごとに自動加算される船内チップまで予め含まれている点でした。これまでは下船時の精算でこの合計額を目にするたびに毎回のように驚かされてきたものですが、今回は最初から料金に織り込まれているため下船間際にレシートを見て青ざめずに済みました。
なかなか巧みな価格設定だと思います。実際のところ私たちはそれほど多くの杯数を飲んだわけではないので、金額だけで見れば損をしていたかもしれません。それでも、最終的な追加請求がまとめて発生しないという安心感は、精神的にかなり大きなものがありました。
<これは回顧厨のたわ言か>全体を通して、かつての輝きは失われてしまったように感じました。我ながら回顧厨そのものの物言いだとは思いますが、何をするにも追加料金が発生するようになり、全体的にどこかケチ臭くなった印象は否めませんでした。これは現在のアメリカ社会そのものを映し出しているようにも感じます。もっとも、昔を知らずに今回が初めてのクルーズだったなら、また違った印象を持ったのかもしれません。人はそれを老害と呼ぶのでしょう。
初めてクルーズ船に乗った当時は、朝目が覚めると船が次の観光地へと運んでくれているという、地中海やエーゲ海周辺の主要な観光地を一気に巡れるコンセプトそのものに新鮮さを覚えました。しかし今回感じた寂しさは船側の変化だけが原因ではないのかもしれません。私自身、ひとつの街に長く腰を据えて旅をすることを好むようになった、心境の変化も少なからず影響しているように思います。
今回は日本近海を巡る航路だったこともあり、日本人比率が高く、やや特殊な市場・運用だった可能性は残ります。この寂しさが本当に世界共通のものなのか、それとも日本市場だけの現象なのか。次は欧米圏のクルーズで、もう一度自分の目で確かめてみようと思います。
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「東京最高のレストラン」を毎年買い、ピーンと来たお店は片っ端から行くようにしています。このシリーズはプロの食べ手が実名で執筆しているのが良いですね。写真などチャラついたものは一切ナシ。彼らの経験を根拠として、本音で激論を交わしています。真面目にレストラン選びをしたい方にオススメ。