3ヶ月前にトラブった例の店からの電話が鳴り止まない

※当記事は『「お代は結構ですから悪く書かないで下さい」とシェフに懇願された話』の続きです。まずは『「お代は結構ですから悪く書かないで下さい」とシェフに懇願された話』を読んでからの方がお楽しみ頂けます。


ケータイに目を遣ると通知ランプが真っ赤に点滅する。不在着信の知らせです。

電話というものは人の都合を一切斟酌せず状況を切り裂いていくので、私は基本的に好みません。特に留守番電話の意味の無さについては憎しみすら感じています。だって、留守番電話で意義のあるメッセージが残っていたことありますか?「山田でーす。また電話しまーす」このレベルのメッセージしか、私には残されていた試しがない。むしろ、意義のある超重要メッセージを留守番電話に残されて伝えたことにされても困る。したがって、私は数年前よりケータイの留守番電話設定を解除し、メッセージを残せない仕組みにしています。数年経ちますが、何の問題も生じていません。ざまーみろ留守番電話め!

話が逸れました。ケータイを確認すると見慣れない電話番号から何度も何度も着信が残っています。誰だろう、と首を傾げていたまさにその時、再びコール。思い切って通話ボタンを押す。

「○○のシェフ、○○ですが」一瞬、脳内がハテナで埋め尽くされましたが、特徴的な語り口に記憶の網が引っかかる。わお!懐かしい!『「お代は結構ですから悪く書かないで下さい」とシェフに懇願された話』の人だ!ってか短時間に何回も電話し過ぎだから。彼氏か俺は。

開口一番「私の店を記事にしないって約束してくれたじゃないですか!なのになぜ記事にするんです!?」とどやしつけられる。安心して下さい、あなたの店を記事にした覚えは全くありません、と答えると、「『「お代は結構ですから悪く書かないで下さい」とシェフに懇願された話』という記事、読みましたよ!」と既にいらたん。短気な愛読者である。

あの記事はあなたの店の記事ではない。こちらも気を使ってあなたの店だと絶対にわからないように書いている。例の記事を読んであなたの店だとわかる人は絶対にいない、と丁寧に返す。

なんでも、例の事件は彼も相当に大噴火レジェントサイクロンフレアァァッだったらしく、料理人仲間何人かに相談したとのこと。自分で広めとるがな。

その料理人仲間のうちの1人から「たぶんお前のことが書かれているよ」という連絡があり確認したところ、憤怒バーニングファッキンストリーム状態となり、今回の電凸に至ったとのこと。ちなみにその『仲間のうちの1人』とは○○駅近くのとあるビル内でフレンチやらイタリアンやらの料理を出すシェフとのこと。情報元の秘匿ちゃんとしましょうね。

また、私と彼がした『約束』の内容に齟齬があったようです。私は「店のことを記事にするな」と言われただけだったので、店や料理について触れず特定できないようにすれば、単なる私の日記に過ぎないので無問題と思っていました。

一方、彼がした『約束』は、「今後二度と俺に嫌な思いをさせるな」という意味だったらしいです。ネロ帝か。

「男らしくないですよ!」と真っ向からディスられました。甘い。私は女子力の高さをウリにしているユニセックスおじさんなのである。

「脚色して書かないで下さい!」これはちょっと意味わからんちん。脚色なんか全然してないし。念のため同行者に例の記事を読んでもらい、脚色があるかと訊ねると「事実に忠実」という回答でした。やれやれ。

「どうしてあんな記事を書くんですか?」と本質的な質問。私も真面目に、料理人やサービスがあの記事を読んで襟を正してくれればいい、などと最もらしいことを述べてみました。実際にあの記事は反響が非常に大きく、客側だけでなく飲食に携わる方からも好意的な感想を沢山頂きました。もちろん否定的な意見も頂戴したのですが、問題提起としてはまあ悪くなかったかなあと結論づけています。

「否定的なことじゃなく、人が喜ぶことを書いたらいいじゃないですか。ペンを取るとはそうことだと思う」村上春樹かよ。まあそれは人それぞれの考え。是非はともかく、週間文春にも需要はある。

「あなたは自分の仕事を悪く言われたら、どんな気分になります?」何とも思いません。これは強がりでも何でもなく、心から何とも思いません。ああ、あの人とは価値観が違ったんだな、と思うだけ。それでも他に私を必要とする人は沢山いるから気にも留めない。

まあこれは、質問をする相手が悪かったですね。私は死ぬこと以外かすり傷と思っているタイプであり、見ず知らずの他人に誹謗中傷されようとも、気分が悪くなるどころか「炎上しておいしい」とさえ思ってしまう人種なのである。

「そんな風に割り切って考えられる料理人はいません!料理は自分の人生であり子供のようなものだ!それを否定されるのは許せない!料理人は皆そう考えている!」『料理人は皆』は言い過ぎでしょう。どうも彼は物事を思い込みで決め付けるきらいがあります。現に私の友人の料理人はネット上の評判など意に介さない。芸術ってそういうもんじゃないのかなあ。

「とにかく!あなたの記事によって、私は嫌な思いをしたんです!それはきっちりと受け止めて下さい!言いたいことは言ったんで、もういいです!それでは!」ちょっちょっちょい待ち!どんだけフリーダムやねん。せっかくの機会なんだから私からも質問させてください。

もっとドーンと大きく構えたらいかがです?あなたのお店は連日満員で、キャンセル待ちは半年以上。固定客だって山ほどいる。料理のできない素人が仮想世界で何かつぶやいている、ぐらいで放っておけばいいじゃないですか。あの記事があなたのビジネスに悪影響を与えることは無いんですから。

「お店が満員だとか、ビジネスへの影響の有無を気にしているんじゃない!私が嫌な気分になるからやめろ、って言ってるんです!」ネロ帝よ、お言葉ですが、それは読まなければいいだけのことです。

続けて質問。私だって、あなたのお店にお邪魔した際、非常に嫌な思いをさせられました。そのことはきちんとご理解されていますか?私は静かに食事を楽しんでいただけなのに、あなたは唐突に我々のテーブルに闖入し、がなり立てました。ああいうのは、料理人ひいては飲食店としてどうかと思いますよ。

「お客様は神様だ、だなんて、こっちは思ってないですよ!」もー、どーしてそーいう極端な話になーるのーかなー。そーんなこと、こっちはヒトコトもー言ってないしー。妄想の羽を広げすぎ。

さらに、本題からは大きく外れますが、是非訊ねてみたかった質問を投げつける。あなたは、ある有名なレストランで修行したことをウリにしていますが、たった数ヶ月、研修生として居ただけですよね?それを『修行した』とか『薫陶を受けた』のように誇大広告することこそ『脚色』だと思いますが。

「あれは雑誌が勝手に書いたことだ!」うーん、その回答は頂けないなあ。ショーンKはハーバードビジネススクールでMBA取得と宣伝しておきながら、実際はオープンキャンパスの授業を取ったのみだった、ということが問題視されました。経歴詐称と言うと語感が強いですが、私からするとこのシェフの手口は似たようなもんです。

私はニコライ・バーグマンの1日体験フラワーアレンジメント教室に参加したことがあるのですが、『ニコライ・バーグマンに師事しました』って言ってみようかな。いいや止めとこうバカっぽい。

自ら語らない限り雑誌が勝手に書くことは無いと思いますよ、と粘り強く質問を続ける。それに「勝手に書かれた」のであれば、今回みたいに訂正を求めるべきでは?

一呼吸の後、シェフはゆっくりと語り口を開きました。

「実は、お店の立上時は不安しか無くて、どうなるかわからないから、そういうネタで客を釣るしか仕方がなかったんです。そう、仕方なかった。ああいうやり方をしないと、私の店は誰にも知られることなく潰れていたかもしれない。そう、あれは仕方がなかったことなんだ。でも、店が軌道にのった今は、インタビュー時に過去の経歴について触れないようにしています!」なんて正直な料理人なのでしょう。まるでジャン・バルジャンの独白を聞いているようで、爽快感すら覚えました。

それなのに「でもねっ!あなたの記事は…」と、話がまた振り出しに戻りそうだったのでいい加減ウンザリ。シェフのお気持ちはわかりました~、と、3ヶ月前と同じ台詞を述べて会話を打ち切りお疲れちゃん。通話時間20分。彼氏か俺は。

恐らく彼は、目の前の案件に脊髄反射で猪突猛進する直情径行タイプなんでしょう。「今、店の中でキレたら周りのお客様まで巻き添えにしてしまう」「今、経歴詐称したら後々ほころびが出る」のような思慮を一切携行しない短期決戦制圧型。私とは芸風が全く異なります。

君子危うきに近寄らず。彼のケータイ番号を丹精込めて電話帳に登録し、注意深く着信拒否設定としました。

念のため顧問弁護士に相談すると「貴方の行為は全く問題ない。むしろ、来店時の予約電話番号を引っ張り出してきて3ヵ月後に電話をかける行動こそ異常。私が弁護士の名を出して正式に抗議しましょうか?」と穏やかでない。ひとまず今回は遠慮しておき、今後もしつこく彼女面した際にはお願いしたいと思います。

翌朝、目を覚ますと通知ランプがピカピカと緑色に点滅。これはLINEからの通知。誰からのメッセージだろう、とアプリを立ち上げると 心臓が一瞬だけ止まりました。「新しい友達」に彼の名が登場し、ご丁寧に「新しい友達とトークしよう!」とまで提案されました。LINEの野郎、人の気も知らないで。

なるほど、着信拒否のために電話登録すると、LINEに連携されるのね。天を仰いでほとんど苦痛に近い表情を浮かべ、これだからスマートフォンは難しい、とひとりごつ。


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「東京最高のレストラン」を毎年買い、ピーンと来たお店は片っ端から行くようにしています。このシリーズはプロの食べ手が実名で執筆しているのが良いですね。写真などチャラついたものは一切ナシ。彼らの経験を根拠として、本音で激論を交わしています。真面目にレストラン選びをしたい方にオススメ。