インスタ映えするヤクザたち

大阪の予約が取れない人気店。ガラっと扉が開き「遅ぅなってすんません!」との大音声。店内の客が一斉に出入口に目をやり、そのまま光の速さで目を伏せます。ヤクザである。

構成は50代の大男に30代の水商売風の女性、30代の茶髪の子分といった3人組。厳密な職業分類としてはヤクザではないのかもしれませんが、いずれにせよ善良な市民とはかけ離れた雰囲気のゲストです。

「今日はええワイン持ち込んどるから、遠慮せんで飲みぃや」「ぼく全然ワインとか知りませんわ。ブルゴーニュとボルドーの違いもわかりませんわ」「そんだけ知っとったら充分やないかい」「ブルゴーニュが紅茶みたいな感じで、ボルドーがコーヒーみたいなやつですよね?」充分わかっとるやないかい、私も心の中で小さく呟く。

ところで彼らをよくよく観察すると、見た目こそは威圧的で声も大きいですが、意外にしっかりと料理とワインに向き合っています。大男は頼れるアニキといった雰囲気であり、女の子はニコニコと可愛らしい。茶髪の子分は料理が提供された瞬間に、サービスの説明も待たずに一心不乱に食べ始める。「お前、そこはちゃんと店の説明聞いたらんかい」「え、だって冷めへんうちに食べたいじゃないすか」本質である。これはこれで食への向き合い方としては正しい。

茶髪の子分は皿が置かれた瞬間に食べ始めるので食べ終わるのも早い。皆がさあ食べるぞと料理に向き合う頃には既にテーブルに肩肘をつき、スマホを操作し始めます。「お前さっきからなにケータイばっかいじっとんのじゃ。このメシいくらすると思っとんねん。もっと集中して食べんかい」「すんませんすんません、こういうの良くない感じのお店でしたかね」「なんでストーリーズなんか見とんねん、気持ち悪いのう」「あっ、ストーリーズとか知ってるんすね。インスタやってはるんですか?」「当たり前やろ、フォロワーは500人じゃ」「ちょっと微妙な数ですね」「お前はなんぼやねん」「ウチ(♀)は16K」「Kは野茂か何かかい」「キロですよ。16Kは16,000人ってことです。結構すごいことですよ。僕もフォローしたいんで交換しませんか?」
向き合えば思わず道を譲ってしまいそうな風体の大人が肩を寄せ合いスマホの画面を読みあっています。少し微笑ましい。「あれ?フォロワー500もないじゃないですか、462じゃないすか」「そこは四捨五入やろがい」「それは四捨五入の域を超えてまあまあサバ読んでますよ。大体フォロワー数よりもフォロー数のほうが多いじゃないですか」「これムカつくねんな。向こうが俺のことフォローしてくるから、礼の意味も含めてフォローバックするやんか」「〇〇さんが『フォローバック』って、すごいパワーワードですね」「話の腰を折ったんなや。んで、フォローバックしたら向こうが鍵かけとんねん。ほんでこっちが『リクエスト中』みたいになるやんか。ほんま腹立つわ」「おもろいわ。もっぺん『フォローバック』って言ってもらっていいすか?」

メインディッシュの途中、やはり既に食べ切った茶髪の子分は落ち着かなさそうにキョロキョロと周りを見渡します。「すんません、コレ、9時までに出れますかね?」「お前それは店にも俺にも色々失礼やろ。何ぞ用があるんかい」「きょう可愛い子2人入ったばっかりなんで、ちょっと様子見ておきたくて」「コロナでデリヘルはどうやねん」「あきませんね、笑けるぐらい客が来ぃひん。ずっと大赤字ですわ」「客が付かんのやったら女に金払う必要もないやろ」「そこは最低保証料ってのがあって、、、あ、ちょっとトイレ行ってきていいですか?」

「随分長かったな」「まあちょっと、硬かったんで」「インスタやっとたんと違うんかい」「すんません、そうですね」「なに見とったんや」「ストーリーズですね」「だから何のストーリーズやねん」「ネコの動画ですわ。癒されますね」「俺のトークはネコ以下かい」「あの、ちょっと僕もう、そろそろいいですかね、すんません」「何時に行かなあかんねん」「うん、、、9時ぐらいかなあ」「なんで急にタメ口やねん」

料理の印象が全く頭に入って来ない夜でした。

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「東京最高のレストラン」を毎年買い、ピーンと来たお店は片っ端から行くようにしています。このシリーズはプロの食べ手が実名で執筆しているのが良いですね。写真などチャラついたものは一切ナシ。彼らの経験を根拠として、本音で激論を交わしています。真面目にレストラン選びをしたい方にオススメ。