銀座しのはら/銀座一丁目

滋賀の名店「しのはら」が銀座へ進出。あれよあれよという間に超人気店へとのし上がり、今や食べログ日本ランキング3位(1位松川、2位さいとう)。ミシュラン1ツ星です。
2回転の一斉スタート形式。時間ピッタリにならないと入店できません。気の早い人は軒先で待つことになるのでお気をつけて。
カウンター11席のみの小さなお店であり、当たり前にプラチナシートです。「飲食関係の統計(?)に強い人が戯れに分析したんですけど、東京の超人気店は凡そ500人の食通で回してるらしいですよ」と、連れ。
まずはビールで乾杯。秋の訪れを告げる琥珀色の液体。

500人か。なるほどそれは確かに肌感覚にあった数字かもしれない。それでもノーショー(連絡すらしないドタキャン)は繰り返されるという現実。「オレあそこの予約持ってるよ」とドヤドヤする割に、食文化を冒涜する悪行を平気で行う矛盾。メトロノームのような正確性に拘る私としては全く理解できない価値観です。この社会的課題はいつか私が解決してみせる。
名刺代わりにギンナンのお粥。度を過ぎた空腹をマイルドのさせる良い仕掛けです。ギンナンのホコホコとした歯触りが心地よい。
さっそく日本酒に入ります。今夜はお任せで6種ほどを楽しませて頂いたのですが、全体を通してストロング系の酒が多く、「この日本酒お水みたーい!」「白ワインみたーい!」のような透明性に価値を見出す方には重すぎるかもしれません。心配な方は好みをきちんと事前に伝えておきましょう。
野球ボールほどの真ん丸なナスのフタを開くと、ナスで模された素麺が入っていました。これは面白い。ナスってこんな風に切れるんだという驚きの食感に、ハッキリとした味付けの出汁。本日一番のアイデア賞です。
冬瓜と海老のひろうす(がんもどき)。スープは当然のように美味しいのですが、白眉は冬瓜。液体の中でしっかりと形は保ちつつも、箸を入れたとたんにトロンと蕩け、口の中でじゅぶじゅぶと蒸発していきます。こんなに旨い冬瓜を食べるのは初めてだ。
ところで今夜の連れは眼科の女医。私は斜位という斜視の弱い版の病気(?)を患っており、物事が全て二重に見えて不便なことが多い。思い切って手術しようかなあと相談すると、「超カンタンな手術よ。本当にやるつもりなら、日本で最高峰の病院の、ゴッドハンドな医者、紹介してあげる」と片目を瞑る。「でも、斜視のメカニズムって、未だ解明されてないんだよね」
お刺身は本ボタンエビと本マグロのみ。この量と種類の少なさはむしろ好ましく思えました。最近、刺身や生魚は鮨屋で食べるものであり、割烹においては盛り付けを含めたトータルの料理を楽しみたいと考えるようになったのです。

本ボタンエビの味わいがやばたんまるですね。一般的なボタンエビとは異なる漁獲量の少ないものらしいのですが、その度を越した甘さと適切な歯ごたえに、秒で恋に落ちてしまいました。
イシカゲガイ(イシガキガイ)。甘味があり貝らしい風味もあるものの、若干生臭さを感じました。鮨さいとうでも同じような印象だったので、私はそれほどこの食材を好まないのかもしれません。
他方、アワビは全米が泣くほど美味しかったです。調味料は一切用いず、アワビの風味のみで炊き上げたハードボイルドな逸品。
「でも、あたしとしては、手術して欲しくないなあ」彼女は鎧を1枚脱いだかのような柔和な表情で語った。どうして、と問うと「斜視って実は、イケメンの要素のひとつなんだよね。イケメン病。芸能人とかモデルとかにすごく多いの」まさに磯の鮑の片思いが成就した瞬間である。
八寸。ススキにウサギ、黄土色の丸い器と、秋を切り取ったかのようなプレゼンテーションです。見栄えだけでなく1品1品に手が込んでおり、それぞれが極上の酒のツマミ。サトイモにウニを詰めた1口が実に美味しかった。
八寸、続く。左はカニ、右はカツオ。カツオの凝縮感がいいですね。旨味が増し、余韻の長さに小さなカラシがスマッシュする。
「最近、不倫しか誘われなくってさ」彼女の声には苦いものが混じっていた。「昔はそれこそ毎日が求婚される日々で、月に10人とデートするなんてザラだったのにな」と、20代に築いたレジェンドを披瀝する彼女。「あ、この男ツマンナイって思ったら『病院に急遽呼ばれて』とか嘘ついて30分で帰ったりしてたな」眼科が『病院に急遽呼ばれて』などあり得ない。ひどい女である。
4番サード松茸。当店は基本的に写真撮影は大歓迎の方針であり、むしろ映える瞬間などは店主みずから全席巡って撮影に応じて下さいます。ここまでは良いのですが、調子に乗ったマナーの悪い客がいるのも事実。遠くの席のオッサンがわざわざ我々の席の近くまで来、われわれの席の間がからニュっとカメラをねじ込んでくるのはグレイトな違和感。やはり年の功という言葉はまやかしであり、愚か者はいくら歳を重ねても愚か者である。
フォアグラマンゴー最中。これは最高品質のフォアグラですねえ。年間5トンのフォアグラを胃袋に収める私が言うのだから間違いありません。マンゴーのパンチのある甘さにパリっとした最中の触感も相まって、スペシャリテと評するに相応しい味わいでした。
マグロのべったら漬け?空耳かなあ、私には本当にそう聞こえました。べったら漬けとは大根の麹漬の一種。厳密な味覚の定義はさておき、迫りくるマグロの旨さといったらない。パリっと良い音のする、磯の風味が濃厚な海苔とともに、官能的な味わいを包み込むシャリの塩梅も見事。料理におけるラプラスの悪魔をこの一皿に見出しました。
松茸到着。余計な調理は行わいシンプルな出で立ちです。お尻のほうから少しづつ繊維を先、秋の香りをサイナスに満たす。食欲の秋がやってきた。
「あなたは結婚してからも色んな女の子とデートできていいよね。女の子たち、みんなよくあなたのことを誘うよね。あたしからは既婚者を誘うことはできないなあ」それは既婚者とのデートを不義密通を交わす前提に位置付けているからではないか。日頃私と遊んでいる女の子たちは、もっとこう、会社の先輩とランチに行くぐらいのカジュアルさで接してくれていると思うのだけれど。
スッポンを炭火で焼いたもの。特大の唐揚げほどのサイズであり、圧倒的な存在感。野性味溢れる濃い口の風味が日本酒の消費を加速させる。本家たん熊で食べたどのスッポンよりも美味。
お次は鴨。スッポン・鴨とジャパニーズジビエが続きます。真っ赤な色合いが見るからに筋肉質で食欲がそそられる。
鴨とキノコのお鍋です。お出汁にはスッポンのスープも含まれているのか、見た目以上にコッテリとした味わいです。味と味が重なり合い、この皿に限っては足し算の料理。目玉は天然のマイタケ。こんなにブリンブリンと劇烈なる個体は初めて。
鮎のから揚げ。秋の味覚が連なります。ジューシーなアタックにホロっと苦い大人の味覚。子供もパンパンに詰まっており、鼻に抜ける香りも素晴らしかった。
食事は松茸ごはん。様々な調味料を加えて炊き込みご飯にするのではなく、シンプルに塩のみの味付け。ライスの炊きあがりがパーフェクトなのは当然として、その塩加減や松茸の香りの引き出し方が実に良い。松茸ごはんの未来を見ました。
当然というべきか、お漬物にも抜かりありません。漬物となった今でも大根の瑞々しさがグッドです。
おや、止め椀が出ないなと訝しんでいると、〆の鴨南蛮が出てきました。こんなに幸せな炭水化物ダブルパンチがあるか?先の足し算な味わいに食べ応えのある蕎麦が加わり、蕎麦屋では決して味わうことのできない豪華な1杯に舌鼓。
水ようかん。辛うじて形は保っているものの、舌に乗せた瞬間、人類補完計画のように全てがひとつに消失します。恐らく世界でも最も柔らかい固体でしょう。これは甘味だけでなく、食事の何かにも応用して欲しいところ。
由緒正しきお抹茶で〆てごちそうさまでした。

いやあ、旨かった。私は基本的に洋食贔屓であり日本料理の評価は相対的に低くなりがちなのですが、その価値観を打破するほどの勢いが当店にはあります。熟練した腕というよりも、青い情熱を感じました。

和食としては、「かどわき」や「龍吟」に並んでトップクラスに好きな味わい。支払金額の手頃さも嬉しい。日本最高峰の料理を銀座の一等地で食べ3.5万円。予約困難となって当然だ。


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