大阪市および京都市という二大都市圏のベッドタウンとして機能する郊外都市の茨木市。「なんで茨木にこんな本格的なシチリア料理屋が?」と驚くまでがセットの「トラットリア イル ピスタッキオ (TRATTORIA IL PISTACCHIO)」にお邪魔しました。
JR茨木駅から歩いてすぐ。駅前の角地にある僅か8席の狭小店舗。シェフのワンオペであり、商業的な論理よりもシェフ個人の料理哲学と生活リズムを優先した職人性の高い経営モデルであることが伺えます。とは言え待たされたという記憶は全くないのが素晴らしい。
ワインは高くなく、ボトルはもちろんグラスやカラフェ、料理に合わせたペアリングでの提供もあり自由度が高い。シェフは料理だけでなく飲み物の面倒まで手早くやって、すごいなあ。
お食事は8千円のコースでお願いしました。まずはブルスケッタ 。野生味あふれるブラックマッシュルームの旨みが凝縮されており、カリッと香ばしく焼かれたパンとキノコのエキスを渾然一体に楽しむことができ、いきなり泡が進みます。
イワシのベッカフィーコにシラスのフリテッレ。前者は松の実やレーズンをイワシで巻いて焼いたもの。イワシの脂の旨みにレーズンの甘みと松の実の香ばしさが重なり、甘じょっぱい味わいがワインを呼ぶ。後者はシラスを多用したチヂミのような料理であり、の磯の香りと塩気が口いっぱいに弾けます。
焼き野菜の盛り合わせ。契約農家から届く上質な野菜を、やはりシンプルな調味で香ばしく焼き上げています。噛むと野菜の滋味がジュースのように溢れ出し、野菜の個性がダイレクトに伝わります。甘エビの塩茹でにアオリイカとセロリ。甘海老はご覧の通りのプリッとした弾力に凝縮された甘みと旨味。アオリイカは ねっとりと甘く、セロリの爽やかな苦味と香りが全体を引き締めます。
黒メバルのグリル。脂の乗った黒メバルを皮目はパリッと、身はふっくらと焼き上げ、シチリア伝統の万能ソース「サルモリッリオ」を合わせています。黒メバルの上品かつ淡白な白身の甘みに、オレガノの野生的な香りとレモンの酸味がガツンと加わることで味覚が立体的に。魚の脂っこさをソースがさっぱりと流し、口の中に磯の香りとハーブの余韻が長く残ります。
手打ちパスタのカヴァティエッディ。指で窪みをつけたシチリアのショートパスタであり、モチモチとした弾力とソースの絡みの良さが魅力的。合わせるのは黒毛和牛を使った贅沢なポルペッティーニ(肉団子)であり、和牛の脂の甘みが溶け出した濃厚なトマトソースが、パスタの凹凸にしっかりと入り込みます。仕上げに雪のように振りかけられたリコッタサラータ(塩漬けリコッタチーズ)の熟成されたミルキーな塩気が、トマトの酸味と肉の旨みを引き立てます。
お肉料理はスカロッピーネ。薄く叩いて伸ばした肉をソテーした料理であり、今回は贅沢にも米沢豚を用いています。きめ細やかな肉質と甘い脂を楽しみつつ、複数のキノコから出る旨味たっぷりのソースで絶頂に達します。
付け合わせにホウレン草のソテーがドーンとやって来ます。やはりシンプルにさっと炒めただけのものですが、土っぽい香りとほろ苦さが先の豚肉の脂とソースのコクに対する絶好の箸休めに。こちらのおかげで最後まで重たさを感じさせずに食べ進めることができました。
デザートはカンノーロを選択。 映画「ゴッドファーザー」でドン・アルトベッロを毒殺する際に用いた菓子であり、シチリアで最も有名な食べ物のひとつでしょう。筒状に揚げた生地にチーズのクリームがたっぷりと詰まっており、濃厚で背徳的な美味しさが広がります。
食後にコーヒー・紅茶などが付くのですが、私は文旦のリキュールを頂きました。穏やかで上品な苦味と、突き抜けるような爽やかな柑橘の香りが凝縮されており、シチリアの伝統的なレモンチェッロに想いを馳せつつ、日本の文旦が織りなす新しい余韻を楽しみます。
以上を食べ、しっかり飲んでお会計はひとりあたり1.4万円程度。費用対効果が見事な点は当然として、やはり冒頭に記した通り「なんで茨木にこんな本格的なシチリア料理屋が?」と驚くまでがセットです。
私は2020年にシチリアを旅する予定だったのですがコロナで流れてしまい、その後も延期に延期を重ねているので、近々なんとしても訪れたいと再度決意させてくれたディナーでした。
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