那覇市の交通の要所、儀保交差点の一角にある「たこちゃんハウス」。地元民や学生に人気の老舗タコ焼き屋であり、テレビをはじめとする様々なメディアで取り上げられている超有名店です。せっかくなので、今回は村上春樹っぽいスタイルでお届けしようと思います。登場人物ならびにその発言などは全て実際にあったことです。
テイクアウトを基本とし、数席のイートインスペースがあるだけの小さな店。ガタのきたドアに手をかけると、店主と常連客らしき男が僕を一瞥した。「おー、久しぶりー、1年ぶりでしたかね?」店主が言う。やれやれ。僕がここに立ち寄るのは生まれて初めてだ。僕は首を横に振りかけたが、そのタイミングを逸した。あるいは、否定することがひどく面倒に思えただけかもしれない。
「あれ?那覇出身だったよね?」ノンアルコールビールの缶を片手に、隣の常連客が言った。「いやいや、彼は芸大(沖縄県立芸術大学)の学生だよ」店主の声はしわがれている。「デッサンがどうとか言ってたじゃないか」。 僕は芸術とはおよそ無縁の世界で、数字を右から左に動かすような仕事をしている。でも、僕はただ曖昧に微笑んだ。彼らが僕に与えた役割を、とりあえず演じてみることにしたのだ。その架空の学生は、僕よりいくぶんうまくやっているように思えた。
僕の前に、プラスチックの皿に乗せられたタコ焼きが置かれた。8個で420円。それぞれの球体の中には、うずらの卵がひとつずつ、まるで秘密のように隠されている。店主は業務用の缶詰から、手際よくそれを取り出して使っていた。たぶん、それが一番手っ取り早いからだろうし、あるいは、味の均質性を保つためだったのかもしれない。どちらでもたいした違いはない。
たっぷりと塗られたソースの上に、マヨネーズが幾何学的な模様を描いている。その上では削り節が、まるで最後の言葉でも探すかのように熱気で揺らめき、青海苔の粉が全体をうっすらと覆っていた。それはひとつの完成された、名もなき小宇宙のように見えた。
熱い、完璧な球体のタコ焼きを口に運ぶ。その味は、驚くほど正確に僕の記憶を再現していた。今まで食べたことのないタコ焼きの記憶だ。あるいは、実際には食べたことがあるのかもしれない。どちらでもたいした違いはない。
その後も僕と店主、僕と常連客との間に、たいした会話はなかった。会話が途切れると、店主はカウンターの向こうで、まるで世界の成り立ちを観察するかのように黙々とたこ焼きを焼き続けていた。それでも、その沈黙は悪くなかった。むしろ、心地よいとさえ思えた。
店を出ようとしたとき、店主は言った。「今日はありがとう。またこっちに来ることがあったら、顔を見せてよね」。
その言葉は、特別な響きも温度も持たなかった。まるで郵便受けに届けられた手紙みたいに、ただそこに置かれた。でも、それで十分だった。僕は頷いた、あるいは、頷かなかったのかもしれない。それでも、僕の心には、確かに何かが届いていた。それでまたしばらくは、やっていけそうな気がした。
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