湯島天神下 すし初(すしはつ)/湯島

日本酒と鮨を論理的かつ科学的に結びつけるペアリングの最前線として、隠れ超予約困難店のポジションを確立した「すし初(すしはつ)」。現在は紹介制というフィルターを通していることにより客層の質が一定に保たれており、店主を中心とした一体感が生まれることも当店の魅力となりつつあります。
この日のお酒のラインナップ。山内祐治シェフは酒類に関する学術的アプローチを極めることで、業界において唯一無二の専門性を獲得しました。経験則に基づく相性の良さの提示に留まらず、化学的・感覚的な裏付けに基づいた科学的で論理的な構成が特長です。
要するに話が長いのですが、このペアリングを主軸とした長時間にわたる食事体験の価値を理解し、その文化を尊重できるゲストのみが集結しています。
まずは春の訪れを感じさせるひと品。スナップエンドウの軽快な歯ごたえと、柑橘「せとか」の濃厚な甘みが、酢味噌の酸味と調和します。ここにカッテージチーズが加わることで、伝統的な和の和え物にクリーミーなコクとモダンな表情が生まれます。
お造り第1弾。ミズダコとホタテは軽く炙っており、生の瑞々しさを残しつつ、甘みと香ばしさを引き出しています。添えられた上質なワカメのシャキシャキとした食感と磯の香りが、素材の甘さをいっそう引き立てます。
お造り第2弾。ツブ貝はコリコリとした力強い食感が特長的。ブリは脂の乗りが良く、口の中でとろけるような甘みが感じられます。タイは津本式で熟成に仕立てており、凝縮された深い旨みが噛むほどに溢れ出します。
お造り第3弾。春の走りを象徴する初ガツオを塩たたきで頂きます。皮目を香ばしく焼き上げたカツオは赤身の清涼感あふれる旨みが際立ち、大根おろしの瑞々しさと辛みが血の気を感じさせる野性味を優しく包み込み、後味をさっぱりと整えます。
名物の白和え。豆腐の代わりにブッラータチーズを使用することで、濃厚なミルクの甘みがカニの繊細な身と絡み合います。さらにレッドキウイの鮮やかな酸味とトロピカルな甘みがアクセントとなり、デザートのような華やかさと料理としての完成度が共存しています。
鯛は「江戸炊き」という、水を使わず日本酒のみで煮上げる江戸の伝統技法を用いています。身はふっくらと柔らかく、酒の力で引き出された深いコクと旨みを纏っており、桜餅のような芳醇な香りすら感じさせます。
春が旬のサワラを、柑橘の香りが爽やかな幽庵地で丁寧に焼き上げた香り高いひと品。サワラは「魚に春」と書く通り、この時期の身はしっとりと上品な脂を含んでおり、幽庵焼きにすることでその旨みがさらに活性化されます。これは白ゴハンと共に定食化したくなる。
にぎりに入ります。久米島から届けられる車海老は、驚くほど大ぶりで肉厚。ひと口では頬張りきれないほどのボリューム感があり、噛みしめるたびに海老特有のプリッとした力強い弾力と濃厚な甘みが口いっぱいに広がります。

にぎりの骨格を成すのは芳醇な熟成赤酢のシャリ。バルサミコ酢のような円熟した酸味と深いコクがあり、ネタの脂や旨みに負けることなく、それらを力強く受け止めます。
大分の荒波で育った釣りもののアジをヅケで楽しみます。青魚特有の香りと脂の旨みが醤油ダレと赤酢のシャリによってさらに深みを増します。ショウガでなくワサビで食べるのも面白いですね。その爽やかな辛みが凝縮されたアジのコクをよりシャープに、かつ上品に際立たせます。
脂の乗りが良く、緻密な肉質を持つ信州サーモンを炙りで仕立てています。表面の脂が熱で活性化され、香ばしい風味と共に甘みがよりダイレクトに舌に伝わります。なお、シャリは遊びで江戸時代風の迫力あるサイズでお願いしました。すげえ食べ応えある。
ホタルイカも炙りで楽しみます。パンパンに膨らんだホタルイカを口に運ぶと薄い皮が弾け、中から熱々のワタがソースのように溢れ出します。炙りの香ばしさと、肝のほろ苦さ、そして身の甘みが三位一体となり、このとき私は絶頂に達しました。
コースのクライマックスを飾る中トロは、漬けにしたものを軽く炙ります。シャリの隙間に空気をたっぷりと含ませたソフトタッチな握りであり、崩れないようシェフからゲストの手へと直接渡されます。体温で中トロの脂が溶け、シャリがハラリとほどける様は、まさに至福。儚くも鮮烈な味わいです。
当店の締めくくりに相応しい巻物。香ばしく焼き上げた濃厚な鰻にカリカリとした食感と独特の風味を持つ奈良漬けを合わせ、そこにマスカルポーネチーズのクリーミーな乳脂感を加えています。苔の香ばしさと赤酢のシャリが全体を包み込み、和と洋の境界を超えた濃厚な余韻がコースの幕を華やかに閉じます。
今夜も話が長かった。しかしこれは単なる酒と料理の説明ではなく、ひと品の価値を最大化するための儀式のようなもの。紹介制という名のフィルターは単なる予約困難の演出ではなく、この体験を正しく受け取れる者だけが席に座るべきだという、店主の静かな矜持なのかもしれません。

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鮨は大好きなのですが、そんなに詳しくないです。居合い抜きのような真剣勝負のお店よりも、気楽でダラダラだべりながら酒を飲むようなお店を好みます。
すしのにぎりについての技術を網羅した決定版的な書籍。恐らくはプロ向けの参考本であり資料性の高い便覧でしょうが、素人が読んでこそ面白い傑作。写真がとても美しく、眺めているだけでお腹が空いてきます。