初音鮨(はつねすし)/蒲田

JR蒲田駅から徒歩5分の住宅街に客単価6万円の鮨屋があります。その名は「初音鮨(はつねすし)」。この地で百数十年続く老舗の鮨屋であり、現店主の中治勝シェフが高級路線へとシフト。ミシュラン2ツ星で食べログ4.40(2021年3月)でシルバーメダルを獲得しています。
フランス料理店のようなエクステリアが面白い。検索候補に「ぼったくり」と表示されるのが超ウケる。
店内はL字カウンター8席のみのプラチナシート。通常は前述の通り客単価6万円とのことですが、この日はコロナ的に時短営業のショートコースであり、軽く飲んでひとりあたり総額3万円程度でした。キャパ8人とは思えないほどのスタッフ数ですが、地価が低いことを考えれば都心とプラマイゼロといったところでしょう。
生ビール(マスターズドリーム)は千円。これまた上品なサイズのグラスであり、手元に常備される胡瓜の浅漬けとガリがツマミになってエンドレスで飲んでしまいます。ただしこの日は19時でアルコール注文は打ち止め。
タコにワラビ。これはまあ、準備運動といったところでしょう。美味しいですが、ちょっとした居酒屋のお通しと大差ありません。
茶碗蒸しにはジュゴンのような焼き白子がたっぷり。これは茶碗蒸しというよりも白子である。徐々に初音が牙を剥き始めました。
時短コースなのでさっそくにぎりに入ります。1番バッターはコハダ。かなり肉厚で温度が高く、表裏ににぎっているのが面白い。脂というか骨というか、なんとも言えないジットリとした味わいが後を引く美味しさ。好みは分かれるでしょうが、かなり斬新なコハダであることは確かです。
赤身。コチラは王道中の王道といった味わい。シャリはその日によって赤酢と白酢の配合を微調整しているそうで、砂糖は用いず爽やかなスタイルです。米の炊き上がりに合わせてコースの時間を設定しているそうです。
ビターンとしたサイズの中トロは塩で頂きます。川口「鮨 猪股(いのまた)」戸畑「照寿司(てるずし)」のようなムシャムシャ系の食感であり、ぐわー、マグロ食ったなあと快哉を叫びたくなる食べ応え。
菜の花の昆布締め。これはまあ、箸休めというか次のにぎりに入るまでのつなぎですね。当店はにぎりは圧倒的ですが、こうした小鉢はあまり印象に残りません。
肉厚のイカにちょっと信じられないぐらいの分厚さのカラスミをダブルで挟み込みます。ぐわーなんだこの旨味の強さはギブギブギブ!最凶に暴力的な味覚であり、アルコールが瞬で蒸発してしまいました。
天然の海のウナギは関西風にバリっと地焼きに。包丁を入れる際のバリっバリっとした音は、魚介類をスライスしている音とは思えません。
ひとりづつに取り分けるとちょっと寂しいポーションです。それでも自らの脂で揚がってしまったようなジュワジュワな食感は唯一無二のもの。鮨屋で食べるタネとしてはかなりぶっとんでます。
アンキモって握るものなんだ。フワッフワのトロットロで受け取るのも大変。新手の変化球のように指がピンとなってしまいます。味は鮨というよりもアンキモ。日本酒が欲しくなる。
サクラダイ。こちらは美味しいのですが、これまでの観応の擾乱のように激しいタネの数々に比べると陰に隠れてしまいます。
ベイマックスみたいに太った牡蠣までにぎります。内臓をふたつに割いて中身にふき味噌を詰め込み、なんとかシャリで抑え込みました。なんという自由演技。一体感などを全て無視した笑撃とも言えるにぎりであり、それでいてキッチリと旨い。
先の牡蠣を酒蒸し(?)した際に流れ出るスープをそのまま頂きます。凝縮された海の幸。磯の香り。牡蠣しか勝たん。
タケノコの土佐煮。これまで同様、こうした小鉢はあまり印象に残りません。にぎりメインの時短コースは意外に勝ち組なのではなかろうか。
開演に先立ち湯引きし、漬け込んだマグロをこのタイミングで引き揚げ、藁でバリバリと炙っていきます。キッチンでモクモクと作業している様をタブレットでライブ中継するという演出が面白い。味わいも圧倒的で、繊細さなどの欠片も無いやんちゃな味覚であり、牛肉を食べているかのような認知の歪みを発生させます。
対してあら汁はおしとやかな味わい。豆腐を細かく刻んでおりスルっとした口当たりが心地よい。七味の香りに目が覚める。
〆の巻物は鉄火巻。まるで花束を受け取ったかのような状貌であり、これまでのマグロのオールスターズといったところ。マグロひとつひとつの繊細な味わいを楽しむ余裕は全く無く、一生パリピな巻物でした。
デザートは黒蜜アイス。これはベーシックなものですが実に美味しい。量がたっぷりなのも嬉しいですが、アイスそのものとしての完成度が極めて高く、欧米系のレストランのデザート係は当店に勉強に来るように。
お土産に特製の太巻きもご用意して下さいました。具材は玉子焼き、カンピョウ、キュウリ、牡蠣、芝海老のおぼろ。初音鮨らしさが凝縮されており今夜の饗宴を帰宅後に振り替えるにちょうど良し。20時までに退店しないといけないという制約の中で実に練られた作戦です。
西の照寿司、東の初音鮨とも言うべき派手派手な演出であり、美味しいのはもちろん、とにかく楽しい。柔和な笑みをたたえる大将は耀かしいショーのMCであり、心に残る一食をアレンジしてくれます。ある意味では究極の入門編。

鮨や価格設定については賛否両論であり、鮨ヲタクにとっては指摘したい点が多々あるのかもしれませんが、その欠点を補って余りある魅力が山ほどあるのは間違いなく、兎にも角にも記憶に残る鮨屋です。次回はフルパワーのコースに日本酒のペアリングをつけてお邪魔したいと思います。

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鮨は大好きなのですが、そんなに詳しくないです。居合い抜きのような真剣勝負のお店よりも、気楽でダラダラだべりながら酒を飲むようなお店を好みます。
この本は素晴らしいです。築地で働く方が著者であり、読んでるうちに寿司を食べたくなる魔力があります。鮮魚の旬や時々刻々と漁場が変わる産地についても地図入りでわかりやすい。Kindleとしてタブレットに忍ばせて鮨屋に行くのもいいですね。