鮨 栞庵 やましろ/恵比寿

銀座のミシュラン星付き鮨屋「栞庵 やましろ」が恵比寿に出店。「若い方にも気軽に利用してほしい」という想いが込められ、銀座よりも客単価をずっと控えめにしてのチャレンジです。
鮨屋としてはかなり広く、カウンターだけで十数席、個室も入れれば20席以上はありそうです。内装はブラック主体でスタイリッシュな印象。なるほど若者向けかもしれません。

「あたし最近ぜんぜん寝てないなぁ。でもショートスリーパーだから大丈夫なんですけどねっ!」カウンター右隣のカップルから気をひく話題が飛び込んできました。そっと見遣ると演説するのは30過ぎの女。社会人2~3年目ならまだしも、その年になって寝てない自慢は危険である。
先付にアンキモ。コッテリとクリーミーながら調味はサッパリとしており、さあ食べるぞという気にさせてくれる一品です。

「へえー、そうなんだぁ、すごいねえ」と頷くもう片割れの男。見たところ40代後半。これって一体どういう関係なんだろう。半タメ語ながら親密さは感じられず、かといって水商売風でもありません。
前菜3種。クリームチーズにマグロの酒盗、タコを煮たもの、おひたし。マグロの酒盗がズルい味。その名の通り酒が進む味わいです。
にぎりに入ります。まずはキンメダイ。肉厚で食べ応えのある1番バッターでした。

「ホラ、あたしって、アメリカとフランスとオーストラリアに語学留学していたじゃないですか?だからシンガポール人の英語は全然ダメ。『シングリッシュ』って言うぐらいでほんと何言ってるかわかんない。インドとかフィリピンとか他のアジアの英語はまだマシだけど」どうやら彼女は自分がアジア人であり、日本人の英語を話していることを忘れているようです。
続いてシメサバ。そういえば、シャリは茶色に近い濃厚な色合いなのに、見た目ほど味は強くなく寧ろ物足りないぐらいです。ガリで塩分と酢を補給。
コウイカ。淡白なタネであるため、シャリの味気無さが余計に目立ちました。うーん、ちょっとこのお店のシャリは私のタイプではないようです。
ホタテは細かく包丁が入っており、肉厚ながら爽快な喉越し。飲めるホタテです。

「だからね、あたしはエンジニアとして生きていくか、MBAを取るか、マーケティングで顧客を増やすかの、どの道に進もうか迷っているわけなんですよ」ちょっと待て、先のシングリッシュの話題から数分しか経っていないぞ。一体どういう経緯でこのような話題へと遷移できたのか。これがワープなのか。
私の困惑などつゆ知らず、クリストファー・ノーラン系の女子は続けます。「弁護士の試験なんていつでも合格できる自信はあるんだけど、ほら、弁護士になることがゴールじゃないでしょ?」世の司法試験受験者よ、蜂起せよ。リーダーは小室圭だ。
中トロが旨い。かなりの肉厚で、口に含むとジュワっと溶けていき、酸味と香りが広がります。

「国連でも働きたいと思ってるんです。あたし、ジェトロにもパイプがあって、フェミニストの活動も支援していきたい。それに、児童文学にもチャレンジしたい」「へえー、そうなんだぁ、すごいねえ」さっきから気になってたけど、お前ぜったい話聞いてないだろ。
ウニとイクラの小丼。キャビアや金箔がトッピングされ見た目は派手ですが、イクラそのものの味が薄く、全体としてぼんやりとした印象です。

「せっかく個人事業主になったから、不動産のマーケティングに携わりたいと思ってるんですど、実はインドネシアのコーヒー豆の輸入にも興味があって。ホラ、在庫してもすぐに悪くなるものじゃないでしょ?ダメになりそうだったらアマゾンに出店すればいいし」「へえー、そうなんだぁ、すごいねえ」
茶碗蒸しには蟹の餡が流し込まれており、万人受けする味わいです。

「とにかく、あたしにはやりたいことが山ほどあって、だから寝ているヒマなんてないんですよね。寝てるのは死んでいるのと同じだし。あ、あたしこれからキックボクシングのジムに行かなきゃなんで、そろそろ失礼します!」「…。」この夜、彼が初めて相槌を打たなかった瞬間でした。
あなごは表面をバリっと炙り、プレーンな味わいでフィニッシュです。

何ともキャリアポルノ的であり、新刊本のタイトルの寄せ集めたような女でした。そのうちバイオ系のスタートアップをローンチするんだろうな。
巻物はカンピョウ。シャリのベクトルと同じく、カンピョウの色合いはしっかりとしているものの調味は控えめであり、アジコイメ原理主義の私にとっては少々物足りない。
ギョクはプリンのように仕上げており面白い試みなのですが、甘味や卵黄のコクに思いきりが無くあやふやに感じます。

赤出汁で〆てごちそうさまでした。

銀座本店であれば客単価数万円のところ、恵比寿であれば控えめな価格設定で楽しめるのは嬉しいですが味もそれなりであり、全般を通してどっちつかずに感じました。ランチの最安値にぎりであれば2,500円なので、まずはそちらで試してみると良いでしょう。

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鮨は大好きなのですが、そんなに詳しくないです。居合い抜きのような真剣勝負のお店よりも、気楽でダラダラだべりながら酒を飲むようなお店を好みます。
この本は素晴らしいです。築地で働く方が著者であり、読んでるうちに寿司を食べたくなる魔力があります。鮮魚の旬や時々刻々と漁場が変わる産地についても地図入りでわかりやすい。Kindleとしてタブレットに忍ばせて鮨屋に行くのもいいですね。