ル・シーニュ(Le Signe)/銀座

銀座のエルメスのすぐ近くにある雑居ビル6階。イノベーティブ系レストランとしてワンチャンあった「盡(じん)」の跡地にオープンしたフレンチ「ル・シーニュ(Le Signe)」。店名は英語だと「the sign」すなわち「兆し」。
「盡(じん)」から誂えは殆ど変わっておらず、フランス料理ではありますが割烹料理店のような雰囲気があります。客層は非常に厚くエレガント。港区あたりのチャラついた成金連中とは重みが違います。

上野宗士シェフはアラン・デュカス(史上最年少三ツ星シェフ)の薫陶を受け、帰国後は「ベージュ アラン・デュカス東京」などで腕を振るい、旧軽井沢ホテル内「ル・シーニュ(Le Signe)」のシェフを務めた後、その看板を銀座に持ってきました。
ところで先日、日本ソムリエ協会の機関誌に当店、いや、当店の支配人の有馬純平ソムリエが大きく取り上げられており、紹介されている料理もワインもパワー系の組み合わせで実に美味しそう。これはそのへんのアホな自称フランス料理とは格が違うぞと期待して予約を入れました。
アミューズが凝っている。もう食べずとも外観だけでこのお店の料理が素晴らしいことがよく分かります。入店から着席までほんの数分だというのに、こんなに込み入ったアミューズをスっと出せる手際の良さにも脱帽。味ももちろん申し分なし。特に左下のイカをオシャレにしたやつが美味しかったです。
一見、地味な状貌ですが、その奥には松葉ガニやウニがギッチギチに詰まっています。濃密にして濃厚な海の味覚。これこれ、これですよ、と思わず連れの肩を叩きたくなる美味しさです。
サンマのタルト。サンマの香ばしい香りに強烈な旨味が舌から喉まで広がります。鉄っぽいニュアンスもワインに良く合う。パプリカやハーブなどを複雑に組み合わせた風味など見どころが満載です。
バターは12種からのチョイス。私はフラッグシップの海藻を練り込んだもの、連れは燻製したものを選択。小麦の風味が強く活きた自家製のパンと共に、これだけでひとつの料理として成立する美味しさです。
伊勢海老。パートブリック(春巻き的なパリパリ生地)で包んであげて、カレー風味のバターで仕上げます。これは桁違いの美味しさですねえ。私は海老を目の前にすると、全くと言っていいくらい抑制がきかなくなってしまう程の海老好きなのですが、その好き嫌いの程度を超越した圧倒的名作としての美味しさがこの皿には詰まっています。
特大のホタテ。俺はフランス料理だと言わんばかりの力のあるソースが自慢であり、その上にファサっと削られるアルバさん。口に含むと白いダイヤの香りが爆発し、続いて料理の美味しさが五感に殺到します。
お魚料理はキンキ。これは食感が印象的ですねえ。これまでキンキと言えば雑に煮付けられてはいるものの魚の美味しさで結局美味しい、みたいなパティーンが多かったのですが、このキンキはふっくらと、実に愛情を持って丁寧に調理されているのが分かります。ソースもやはり込み入っており、風雅たる味わい。
フィニッシュはやはり肉。キンキと同様、監視の対象であるかのように実直に調理されており、文句などあるはずもない火入れです。付け合わせにも手抜きがなく、この一画だけを切り取っても上質な料理と言える美味しさです。
ワインのペアリングについては素晴らしいの一言。金をかけているとか気前が良いとかそういう次元の話ではなく、ワインの意図を理解した上で料理との相性をシェフとソムリエで綿密に議論しているからこその結果であり、客から何を手に入れるかよりも何を与えるかに血道を上げていることが良くわかる構成でした。ソムリエの、お気に入りのオモチャを自慢するかのような解説も楽しい。
デザートにしてスペシャリテの「黒雪」。アイスクリームに冷凍したトリュフを鰹節のようにワサワサと削りかけていきます。マイナス20℃から36℃(体温)への急激な温度変化に伴って、黒いダイヤの芳香が体内で爆発。鮮烈で官能的な香りが鼻腔で陽動する。ありそうでない、というか、理論上はわかっていても凍らせるには中々に勇気が要る工夫です。
〆はウイスキーやコーヒーなどを繊細に再構築したもの。仄かな甘味に渋い香りが満ちており、大人のスイーツです。
お茶と一緒に太めの試験管に入った宇宙のような小菓子。お腹がいっぱいの場合はこのまま持ち帰っても良いのは小食女子には嬉しい気遣い。けっきょくこの場で全部食べたけど。
お腹に余裕があればということで、最中にショコラのクリーム(?)的なものを詰め込んだ小菓子も頂けました。やはりクドクドしい甘さはなくアダルトな味わいです。

美味しかった。ところどころ映えている部分はありますが本質的に美味しく、最終的には紛うことなき正統的なフランス料理に着地します。力強いソースに比肩する力強いワイン。フランス料理店としての深い滋養にあふれたお店。フランス料理とはワインがあってこそ、と考える方にピッタリなレストランでした。

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