SHÓKUDŌ YArn(ショクドウ ヤーン)/小松(石川)

小松空港から車で15〜20分という、恐るべき僻地に存在するレストラン。地元の方に場所を聞くと、「あんなところ、家ばっかりで何もないよ」とのこと。撚糸工場をリノベーションした一軒家レストランであり、店名は糸・紡績糸、織り糸、編み糸、より糸のヤーンから来ているのでしょう。
入店すると迫力のあるオリーブの木がお出迎え。スペインから直接取り寄せた樹齢200年のものとのこと。なぜスペインかというと、オーナー夫妻はなんとあのエル・ブジ帰り。地元の人々から話を聞くと、「彼らは小松で一番賢い高校の同級生。あの高校から料理人になるのはかなり珍しい」とのことです。
木の温かみと採光を上手く調和させた店内。サン・セバスチャンのムガリッツのような居心地の良さがあり、環境を含めてこのような空間づくりは都心では難しく、この土地ならではといったところでしょう。
厨房とは少し距離はあるものの丸見えであり、スガラボシンシアのような臨場感があります。食材や食器にこだわりがあり、全ての出自を理路整然と説明できる点が印象的。料理に使用する水までも「仏大寺遣水観音霊水を使用しております」。
左は練り切り。練り切りとはwikipediaによると『和菓子の一つ。白あんに砂糖、山の芋やみじん粉などのつなぎの食材を加え、調整し練った練り切りあんを主原料とする生菓子を言う』と定義されており、まさにその味の通りなのですが、なぜ最初にこの風味を要するのか意図は不明でした。

ハモン・イベリコ・デ・ベジョータの熟成違いも当然に美味しいのですが、食前酒も注文していない状態では、この塩気と旨味のやり場に困ってしまう。
抹茶をウーロン茶で点てる。スポイトでみりん(?)か何かも添加するのですが、やはり意図がわからない。ぐぬぬ、だからイノベーティブなレストランは苦手なんだ。
イネディットが1本1,800円と酒屋と変わらない金額だったので慌てて注文。エル・ブジのフェラン・アドリアらが「セレブを迎えるワインはあるが、ビールがない」をコンセプトにして、地元のビール会社と共同開発した傑作です。香り高く複雑な味わいで泡も繊細。素晴らしい味わいです。
きんぴらごぼうを再構築した料理。ゴボウでできたワッフルでニンジンのアイスクリームを包みます。ゴボウの土臭さと黒ゴマ、ゴマ油の風味が堪らない。私は通常、工作のような料理を嫌うのですが、この一品は素晴らしい。
Schiacciatina(スキアッチャティーナ)という、ピッツァ生地を薄く伸ばしたようなお菓子。梅のパウダーの味わいがかっぱえびせんの梅味のようで懐かしい。ビールによく合うツマミです。
こちらは肉じゃがの再構築。結論から述べると、奇抜なだけでなく肉じゃがとして実に旨い。ジャガイモと肉の味が濃く、何を食べているのかハッキリと理解できるのがすごくいい。一口食べて悦に浸っている途中、追加でフォアグラのパウダーをふりかけて頂き、これが非常に滑らかな口当たりでコクも加わり、記憶に残った一皿でした。
パンは地元の小麦を使った特注品。こちらを含めて3種類頂きましたがどれも美味。このように何でもない料理が本質的に美味しいのは、料理人の味覚が鋭く矜持もあることの証明でしょう。
サイドテーブルに実験器具が並べられる。ありがたい昆布を4時間かけてスープを取り、最後に削りたてのマグロ節でフィニッシュします。
そのスープを目の前の椀に注ぐ。中央のタイのしんじょうには黒トリュフが練り込まれておりアクントとして絶妙な風味を放っています。この物事を多面的に見るバランス感覚は素晴らしい。取り巻くエビや野菜も見掛け倒しではなく、存在意義のある味覚。もはや何料理かは不明であり、全てのジャンルを超越した見事な一皿でした。
シャーレの中に並べられたトリュフ。削ったトリュフをスープに溶いたり、スライスしたトリュフを載せたりして味変するのですが、これは全く余計でしょう。とにかく黒いダイヤモンドの風味が支配的となってしまい、最初の上品な器はどこへやら。考え方によっては高品質なトリュフを用いているため、うっかり主張が強くなってしまったのかもしれません。
また、煮出した後のマグロ節も出てきましたが、これも余計。かすかに味を感じることができ旨いことは旨いのですが、腹が膨れてしまうのが困ったちゃん。
ところで飲み物のペアリングはなく、ワインリストも薄いのが残念。スペインの先鋭的なレストランはワインに力を入れていない場合が多いので、それに倣っているのかしら。仕方が無いのでローヌの白をハーフボトルで注文。2,800円とお値打ちはお値打ち。
コチラは茶碗蒸しの再構築。タラの白子を茶碗蒸しの生地が多い、カラスミを塗します。ぐぬぬ、これはワインではなく日本酒であった。やはりメニューからはどんな料理が出るか全く読めない今ドキの芸風なので、飲み物選びが困難。是非お店からのペアリングを用意して欲しいところです。
温製のサラダ。この野菜も驚くほど美味しいですねえ。パリパリと瑞々しい食感であり、新鮮味を感じる苦さが堪らない。鰹出汁を入れての味付けもグッド。50度洗いなのでシナシナになることはなく食感を維持。本日一番のお皿です。
ブリの照り焼き。ブリはほぼ生の状態で表面をキャラメリゼし、旨味の強い塩をヒラリ。右の白いシャリシャリはシャーベット状態の大根おろし。これは水っぽさが目立つので、普通の大根おろしのほうが良かったです。味を取るか印象を取るかは難しい論点ですが。
メインは能登牛のA5ランクのプレミアムクラス。ゆうべのめくみでは広く浅くの高級食材で、結果としてものすごく高くついてしまったのですが、当店のような一点突破型のニッチ戦略は結果としてゲストの財布にも優しくなるのがいいですね。自家製の味噌とゲランドの塩の愛称もすごくいい。山椒のパウダーは青味がかった味わいがチャーミング。
料理名からは白か赤か、もしくは日本酒か全く読めなかったのでシェフに相談。結論はキャンティ。このクラスがグラスで1,500円なのは嬉しい。能登牛にもピッタリである。お酒で儲けるつもりは無いのかなあ。
デュラムセモリナと石川の蕎麦を用いた二八蕎麦。左下は出汁に蕎麦粉を溶きトロみをつけ、ニンニクと唐辛子、オリーブで風味付けしたタレ。これはちょっとやりすぎであり、はっきり言って不味かった。まあ、コース料理の全てが革新的かつ旨いなんてことはありえないので、この料理に限ってはご愛嬌ということで。
デザート1皿目はプリン。ノスタルジックな弁当箱に盛り付けられ、カラメルソースの洒落に思わず笑みがこぼれる。卵の風味が強烈で、プリンよりもだし巻き玉子に近い味わいで興味深い。しかしこの冗談は外人にはサッパリわからないかもしれません。
リンゴのチップスにミリンのアイス、パイ生地。こちらもちょっと速度オーバーであり、ややミリンの風味が強すぎてクドさが目立ちました。今更ですが、私はミリンが前面に出た食べ物および飲み物はそれほど好きじゃないのかもしれません。
ミニャルディーズ。石の中にショコラが混じっているのですが、シンシアのように色合いだけでは判別することができず、触感や音で確かめる必要があります。下手をすると歯が欠けてしまうかもしれないので気をつけましょう。
〆は有機JASフェアトレードのグアテマラ産コーヒー豆を使ったエスプレッソコーヒー。器は九谷焼と、最後まで地元志向が強く微笑ましい1杯でした。

テロワールや地産地消にこだわり、食材のほとんどが石川県産のものであるのが素晴らしいですね。料理はアクロバティックなものが多いですが、素材の良さをガチホしており、ここまで完成度の高いイノベーティブな料理は東京でも珍しいでしょう。それでいて飲んで食べて1.5万円ほど最高か。このコンセプトをそのまま東京に持ってきても、酒を含めて5万円で成り立つ成熟度を感じました。
このレストランに飲食業界の未来を見ました。才能のある人間がフードマイレージを極小化し、食べたいやつは勝手に来いというスタンスは今後も広がりをみせていくことでしょう。日本の最先端の料理が僻地にあるという痛快な皮肉。次回は夜にお邪魔してみたいと思います。オススメ!


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