小松弥助/金沢(石川)

『東の次郎、西の弥助』。日本の鮨を語る上で外せない二大巨頭の一角にお邪魔してきました。
「多忙のため、自分の寿司じゃなくなってきた」というクールな理由で突如店を閉められた森田一夫シェフ。それからおよそ1年半後、権力者の方々の説得(圧力?)により、御歳86、再び表舞台に立ち王政復古の大号令。もちろん一般予約は受け付けておらず、友人の鮨マニアが何とかゲトってきたテーブル席に、運よく滑り込まさせて頂きました。
ちなみに彼はつい先日すきやばし次郎で小野二郎シェフに握ってもらったばかりなのですが、高齢のため力加減をコントロールすることができなかったのかシャリがカッチカチであり、「そもそも93歳に労働を求める俺たちが間違っている」とのことでした。
開店時間の11:30ピッタリに入店。客が一気になだれ込むので、瞬間、文化祭のようなバタバタした感じになります。カウンター中央に矍鑠とした老人。おお、彼が伝説の森田一夫殿!

客層は驚くほど若い。恐らく全員がビットコインを所有しポトラッチを繰り返す億りびとであり、連れの女性は男なら無視はできない服装の港区女子ばかり。ちょっと健全じゃない客層だなあ。我々4人も平均年齢が30代前半のMENSAなので人のことはあれこれ言えませんが。
酒を注文し、アワビをつまむ。シイタケのように分厚く食べ応えのある個体であり、旨くないわけがありません。しかし神格化された妙技がそこにあるかというと、それはまた別の話。
テーブル席であるためシェフが1カン1カン手渡ししてくれるわけではなく、ある程度のバッチ処理を余儀なくされます。この皿は赤イカ、トロ、甘エビ、ヒラメ、煮蛤。煮蛤のムシャムシャとした食感に、複雑に広がる潮の風味が印象的。
ガリがめちゃんこ旨い。一見ふつうの薄っぺらい生姜なのですが、個体そのものの風味は勿論のこと、甘味と酸味のバランスが完璧です。基本的に私は厚切りのガリを好むのですがこれは別格。
スペシャリテの「白山」。シャリの上にヅケ、トロロ、ウニが重ねられます。これは見た目通りの味わいであり、万人ウケする一皿でしょう。カウンターの中から「おおい!おいしいかあ~?」と大将が声をかけてくれ、心が和む。
ヅケ。内側にトロが隠れているのが心憎い。「どうせ食べるなら美味しいものがいいだろう」と言わんばかりの攻撃的な1貫。
スペシャリテのうなきゅう。海苔の香りがブワっと広がり、バリっとした食感に熱いシャリ、その奥から響く鰻の香ばしさよ。キュウリの青臭さも程よいアクセントであり、なるほどスペシャリテと呼ぶに相応しい味覚です。ただし個人的には熱いシャリは苦手であり、もうすこし冷ましてから食べれば良かった。
お椀は全然美味しくありません。というか、味の是非を判定する以前に味付けが極めて薄い。金沢弁で言うところの「しょもない」です。

お店の方より「ここまでで一通りですが~」との案内に戦慄が走る。え?これだけ?未だ食べてないネタで追加注文できるものはあるかと訊ねると、いくつかご提案頂けたので「それ全部食べます」。
延長戦の大前はサバ。普通に美味しいのですが、特にレジェンドを感じることはなく中くらい。
バイガイ。味というよりはコリコリと歯ごたえを楽しむネタですね。ここのところ連日のようにバイガイを生で頂いていますが、その中でも清澄でクセのないものでした。
コハダは水分多く、酢がビチャビチャです。意図的なのか失敗作なのか、好みが別れるところでしょう。
穴子は塩と柚子で。フワフワを通り越してホワホワの崩落直前の穴子に旨味の強い塩がマッチ。柚子の香りも爽やかな余韻を残し、素直に美味しかった。
ウニは軍艦ではなくにぎりで。今にも崩れ落ちそう、というか崩れ落ちており、ニトログリセリンでも持ち運ぶかのように恭しく口元へ移送する必要があります。味はそれなりの鮨屋で食べるウニの中くらいといったところ。2日後の「めくみ」のウニの方が段違いに旨かった。
ヅケとウニをキュウリと共に細巻きで。お察しの通り溜息が出るほど旨いのですが、これまでお出し頂いたネタと重複しており驚きはありませんでした。
大屋政子のようなピンク色を放つネギトロ。トロというよりは完全に大トロであり、心臓が脈打つ味覚です。たっぷりと入った白髪ネギも名脇役。
アワビに始まりアワビに終わる。冒頭のアワビとはまた違った味覚であり、しっかりと味が染み入り最後の最後で酒を飲みたくなりました。ニコニコと嬉しそうに食べていたからか、カウンターから「アワビも幸せやなぁ」と、大将。

お会計は腹いっぱい食べて飲んで2万円強と、銀座の半値です。このクオリティでこの価格は恐ろしくリーズナブル。世界最高峰の鮨がこの値段で食べることができると考えれば安いものです。

しかしやはりこのお店の一番の魅力は大将の人当たりの良さですね。都内の勘違いした鮨屋の威圧感とは対照的に、我々のような若造も気持ちよく食べ進めることができる雰囲気づくり。ヒーロー願望は微塵も感じられず、『真心でにぎる』を体現する86歳。タフで無ければ生きられないが、優しく無ければ生きる資格は無い。ああいう歳のとりかたをしたいなあ。


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鮨は大好きなのですが、そんなに詳しくないです。居合い抜きのような真剣勝負のお店よりも、気楽でダラダラだべりながら酒を飲むようなお店を好みます。
この本は素晴らしいです。築地で働く方が著者であり、読んでるうちに寿司を食べたくなる魔力があります。鮮魚の旬や時々刻々と漁場が変わる産地についても地図入りでわかりやすい。Kindleとしてタブレットに忍ばせて鮨屋に行くのもいいですね。

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