召膳 無苦庵(しぜん むくあん)/紀伊田辺(和歌山)

和歌山県下で食べログ1位の「召膳 無苦庵(しぜん むくあん)」。観光資源に乏しいこの地域(普通の観光客はお隣の白浜まで行ってしまう)でこの記録は只者ではありません。
紀伊田辺駅から徒歩10分ほどの立地。我々は車で向かい、店先の駐車スペースに泊めます。ココがいっぱいになっても提携のかなり広い駐車場があるので、満車でムリということはまずないでしょう。
雲井利益シェフは四万十の地にて鰻使いの名人として名を馳せ、2016年に新たな食材を求めて紀南の地に移転。独自の仕入れルートを開拓し、今では紀南の僻地、古座川の天然鰻やスッポンまでをも入手するようになりました。
八寸は青梅にマグロの手毬寿司、カメノテ、シャドークイーン(紫ジャガイモ)のきんぴら、田辺産のアーモンド、南高梅を用いた「封じ梅」。マグロの手毬寿司が印象的。表面はごくごく味の薄いマグロなのですが、中には酒盗(内臓を用いた塩辛)が詰め込まれており、ついついお酒を飲みたくなります。「封じ梅」は、むかしむかしの紀州のお殿様のオキニだったようで、この辺りの独占品として指定した、大変手間のかかる加工品とのこと。
田辺産のアーモンドはハンドサイズの万力を用いてセルフで割ります。これが結構難しくって「関西人はすぐに諦めるが、関東の人間は最後までやり抜くことが多い」とのこと。私は最後までやり抜きました。
イサキをお刺身で。弾力と凝縮感が感じられ、白身魚としては相当に味が強い。「今日は珍しい魚が手に入らず、一般的なもので申し訳ありません」と頭を下げる店主。そう、当店は決まりきったコースというものはなく、予約時に予算を伝えるなり絶対に食べたい食材を伝えるなりして店主にアレンジしてもらうお店なのです。我々はひとりあたり1万円でお願いしました。
鮎の塩焼き。頭から丸っとかぶりつき、バリバリじゅわあと大人の味。葉の下には木炭が忍んでおり、水蒸気が常にモクモクと上がり古典的ですがありそうでない演出でした。
お椀にはアカハタ。共産党員というわけではなく、雌から雄に性転換する高級魚。先のイサキと同様に身が締まり食べ応えが強く、白身としての旨味も強い。葛で固められたトウモロコシは一粒一粒が非常に存在感のある逸品であり、主役を食う美味しさでした。
「悪天候に備えて保険をかけておいた」ということで、超高級食材のスッポンが出てきました。しかも鶏のから揚げ4つ分ほどの特大ポーションであり、本当に1万円のコースなのかと不安になる。当然に美味。和のジビエとも言うべき猛々しい味わいに、地鶏のような筋肉質な食感。エール系のクラフトビールなんかが合いそうな気がします(田辺産のクラフトビールも置いてある)。京都の「本家たん熊」で食べた記憶は「高い」しかなかったので、純粋に味覚を楽しむことができて嬉しかった。
メインはウツボ。新鮮なキクラゲやナス、タマネギなどと共にすき焼き風に仕立てます。
これは滅法旨いですねえ。海の嫌われ者であるはずのウツボも接し方を変えればこんなにも素晴らしい食材に昇華するのか。フカフカと柔らかい歯ざわりに上品でクリアな味覚。ひょっとするとフグなんかよりも平均点の高い食材かもしれませんよウツボは。
ごはんは私の好きな硬めの炊きあがりであり、汁気の多いメインに合わせて食べるに最高の友人でした。
デザートはこれまた希少価値の高いスモモであり、酸味は一切なく完熟した桃のような甘さに度肝を抜かれました。

紀南の食材に徹底的にこだわり、客の要望に100%応じようとするシェフの姿勢は商売人というよりも職人のそれです。食材が豊かとされている四万十から更なる高みを目指してこの地に移住してくるハンター的な側面もあり、東京の「全世界から食材を取り寄せる」スタイルとは一線を画す芸風。仕入れに大きく左右される面もあるためギャンブル的な要素も強いですが、和食に一家言ある方であれば、一度は訪れたいお店です。


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