たきや/麻布十番


リッツカールトン東京45F、しみず。日本一予約の取れない天ぷら店として名を馳せました。そのリッツカールトン東京和食部門の総料理長が満を持して麻布十番に独立。
涼しい1日だったので食前酒のビールをすっ飛ばし、いきなり本番で乾杯。飛露喜。全体的にやや甘く、最初の1杯としてはちょっとアレだったかもしれません。和食ではワインを飲まないと決めているので、日本酒ももっと勉強しなきゃなあ。
前菜。天ぷら屋の前菜で此処まで凝ったものは珍しい。兎にも角にも秋真っ盛りの食器のセンスが愛くるしい。店主が18、19歳ころから買い集めていたものらしいです。すげえなあ。私が18、19歳の頃なんて、ヒステリック・グラマーの服とか買ってたわ。
煮アワビに煮こごりジュレ。あつぼったいアワビを口に含むとプッツリと舌先でとろける。その先にあるのは海の味。これはただの天ぷら屋ではないぞ。
茄子のすりながしにタイラ貝とキャビア。すりながしが傑作。焼き茄子を丁寧に丁寧に解きほぐしたものであるため、液体でありながらも焦げ目の香りが伝わってくる不思議。秋祭りを凝縮した味わいです。
カマスの鮨。「ゆずきち」という、カボスや柚子・オレンジなど種々の柑橘類のかけあわせた珍品で香りをつけています。酢飯の程よい酸味とカマスの焼き目が堪らない。
イクラの醤油漬け。粘着率が高く一粒一粒が婀娜っぽい。どぎつい醤油味は一切感じられず、魚卵の幸せがビンビンに伝わってきます。
もずく。これはまあ普通。私の箸さばきのレベルが低く食べ辛かったです。

それにしても天ぷら屋の前菜でこれである。この時点で当店の実力は本物であると確信。なるほどリッツカールトンの和食を統べていた手練である。
天ぷらに対するトッピングはスロヴェニアの塩、カレー塩、抹茶塩、梅塩、レモン、ゆずきち、大根おろしに天つゆなどバラエティ豊か。パレットのようにお皿に取り分け自由に楽しむことができます。近所の天冨良よこ田のように色々と指示を受けることはありません。
エビ足とギンナン。当店の特色は胡麻油を一切使用せず、紅花油のみで揚げ通すことです。食感が軽く油っぽさを感じさせません。それでも私はクドクドとした胡麻油の香ばしさが好きなので、全体的にやや物足りなく感じました。まあそれは人それぞれの好みです。
才巻エビ。透明感。なるほど確かに素材そのものの味わいを楽しむという意味では胡麻油は不要なのかもしれません。
松茸をキスで挟む。おや、もしかして当店はやや創作系に寄っているのかと感付いた一品でした。松茸の香りが高踏的であり、キスの身がホクホクとして楽しいです。若干キスの火入れが強いかなあ。また、松茸を目前にしてキスの存在感がかなり消えてしまっています。
岩手のホタテ。馬鹿デカい。そしてその有り余るサイズを活かした火入れの妙技。食感のグラデーションが見事であり、なぜこのように調理するのか、熱弁をふるう店主の一幕の名演技も最高のエンターテインメントです。
イチヂクの天ぷらに鴨の生ハム。実に面白い発想です。ただしその独創性は認めつつも、フルーツを温かく食べることを私は好まないので、逆、すなわち鴨を揚げてイチヂクを添えたほうが私は好きかもしれません。もちろんそのようにしてしまっては平均的な天ぷらに成り下がるのかもしれませんが。
目の前で延々にスライスされるトリュフ。ドン引きするほどの量である。今日は人生で一番トリュフを削られた記念日だ。
トリュフの内側は大根サラダにローストビーフ、温泉卵でした。ううむ、ちょっとこれは行き過ぎ。味は悪くないのですが、別々に食べてみたい所です。
萩のアマダイに禁断のウニイクラ。これもちょっと危険球。やりすぎです。この奇観を面前にして、龍吟での食事を思い出しました。それでも外人には大ウケしそうな一皿です。
オクラは粘度が強くいつまでも噛んでいたい一口です。これまでの高級食材のオンパレードに比べると幾分無芸であり拍子抜けというか、安心したところがあります。
和牛ヒレ肉の紫蘇巻き揚げ。シャトーブリアンの天ぷらです。食傷気味になるのを覚悟で口に放り込むと前言撤回、それはそれは見事な味わいでした。まず、肉が旨い。肉そのものが旨いのである。そこへ紫蘇の爽快感が流れ込み、見事な火入れと共に胃袋へと落ちていく。
トリュフ塩も添えられます。ただしこれを付けると味わいが単兵急になってしまう恐れがあるのでお好みで。
澤屋まつもと。酒躯体が逞しくシャトーブリアンに負けていません。それでいてリーズナブル。気に入った。家飲み用に買おうっと。
鳴門のサツマイモ。焼き芋のように甘くノスタルジックな味わいです。塩とつけると甘味がひきたてられ、より一層の味覚に。
天ぷらの締めくくりは才巻エビ。その禁欲的で清澄な様は今夜の饗宴の署名にぴったりでした。ひとつだけワガママを言うとすれば、アナゴを是非とも食べたかった。
ごはんものは天茶。私は味濃い目原理主義であり圧倒的に天丼派。天茶にすると、どうも味わいがボンヤリするので好きじゃないのです。が、今夜をもって考えを改めます。松茸と車海老のかき揚げの天茶。一番出汁で土瓶蒸し風に。

これがもう心に染み入る旨さで適わない。このまま切り取って大英博物館に展示したいレベルです。精髄は出汁。こんなに旨い出汁があるか?思わず身を乗り出して店主に説明を求めてしまいました。
茄子のお漬物も最上。正鵠を射た漬かり具合で今夜の助演男優賞を差し上げます。
天ぷら屋であってもデザートに抜かりなし。メロンにポートのジュレ。優しい生姜が隠し味。これと同じレベルの甘味を出せるグラン・メゾンがどれだけ東京にあるだろうか。
最後に煎茶とわらび餅。シンプルで何でもない煎茶のレベルからも当店の実力が伺えました。

素晴らしい体験でした。これは天ぷら界のトリックスター。龍吟を天ぷらにしたようで、外人が大好きそう。ミシュラン3~2ツ星は当選確実であり、その後の和食界に賛否両論を巻き起こすことでしょう。

接客もパーフェクト。何より店主の人柄が堪りません。彼の柔和で快活な物言いに客の心が通い合い、一座建立の気持ちの良い状態が生まれます。仕込みに恐ろしく手間がかかるのが見て取れる上に1日2回転の営業。仕事の過酷さは筆舌に尽くし難いはずなのに、あの飄々とした雰囲気を出せるのは頭の下がる思いである。

食材を考えると支払いは2人で7~8万円を覚悟したのですが、結果は6万円と少しい軟着陸しました。絶対額としては勿論高値ではありますが、その実は極めてリーズナブル。世界中からの予約争奪戦が始まりそうな予感。



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天ぷらって本当に難しい調理ですよね。液体に具材を放り込んで水分を抜いていくという矛盾。料理の中で、最も技量が要求される料理だと思います。
てんぷら近藤の主人の技術を惜しみなく大公開。天ぷらは職人芸ではなくサイエンスだと唸ってしまうほど、理論的に記述された名著です。スペシャリテのさつまいもの天ぷらの揚げ方までしっかりと記述されています。季節ごとのタネも整理されており、家庭でも役立つでしょう。


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