すし家 祥太/麻布十番

十番ポワンタージュすぐ近くに2019年11月23日オープンした新しい鮨屋。寺沢大介(「将太の寿司」の作者)からの胡蝶蘭が普通に置かれている点に凄味を感じます。
カウンター7席の小さなお店。「かねさか」系列のお店であり、「鮨 一新」で2番手を務めていた翔太シェフに託された新店です。翔太というのは日本名であり彼の出身は韓国。外国人が王道の鮨屋の大将を任される、良い時代になったものです。
まずはモズク酢で食欲のスイッチを入れます。「あの、ウチ、ツマミはなくって、にぎりのみなんですが大丈夫ですか?」と恐る恐る尋ねる大将。望むところです、我々は鮨を食べに来たのである、と鷹揚に頷く。「良かったぁ、最近はツマミで飲ませる鮨屋が多いじゃないですか?でも、僕は鮨そのものが好きなんで、鮨でお腹いっぱいになるお店を出したかったんです」と大将は破顔する。
と、言いつつも、煮ダコが出てきました。濃密な調味に適度に歯ごたえを残し、酒を呼ぶ味わい。ちなみに当店は昼夜共に13,000円のおまかせのみ。昼も夜も同じクオリティと量のものが出るそうです。「でも、昼をやり続けるかは正直迷ってるんですよね。豊洲に仕入れに行って、仕込んで、ランチ営業して、仕込んで、夜も2回転、深夜まで片付け。『気合いだ!』と意気込んではいるんですが、気合いだけではどうにもならない世界があることに気づきつつあります」と、素敵な苦笑いの大将。確かに連日の小室では精神論ではどうにもならないもの。ちなみに小室とは徹夜をすることです。
酒が恐ろしく安い。生ビールは600円、日本酒は1合900円~。十番は悪い街で、その辺の何でも居酒屋ですらビールに800円を請求することを考えると、当店は十番の至宝と評しても過言ではないでしょう。
初球は3日熟成させたクエ。じっとりとした旨味に溢れ、ジワジワ来る味わい。
タイの昆布締め。先のクエに比べるとはっきりとした歯触りが感じられ、モリモリと鮨を食べるテンションが上がってきます。
ヅケ。健康的な赤身をサラっと漬け、外連味の無い味わい。
中トロ、「値段が値段なんで、取り合いになるようなマグロはどうしてもお出しできないんですが、、、」との謙遜はありつつも、なかなかどうして堂に入った味わいです。私は石垣島「まぐろ居酒屋ひとし」の1皿780円の本マグロで充分満足できるタイプなので全く問題ありません。
ガリは生姜を丸のまま漬け分厚いスライスと私好み。「ツマミが無い分、コチラでお願いします!」と、あたたかな優しい笑顔を向ける大将。なんて居心地の良いお店なんでしょう。
アオリイカ。艶々と輝きネットリと濃密な甘味が迫り来る。
コハダは外観が美しい。思いきりの良い〆であり、コハダの凝縮感と酢の爽快感が溶け合い、わかり易いコハダです。
サワラは桜のチップで軽く燻製。ふわりと鼻から薫香が抜けていき、なるほど味覚とは舌だけで感じるものでは無いと得心しました。
サバは包丁を入れた後、奥の厨房で軽く表面を炙ります。これまた素敵な香りを放っており、じっとりとした旨味と合わせてサバビアンな味わい。
ほんの数秒前まで生きていた車海老に串を打ち手早く茹で上げました。ミキュイな火入れでありプリとした弾力とネトとした舌ざわりが同居しほんのりと温かい。旨い海老である。
特大の赤貝。目の前でバチコーンとしばきたおし、立体感を植え付けます。この素材についてもゲストの来店に合わせて準備するものであり香りが実に華やか。「事前にたっぷり仕込んでおけばラクなんですが、僕、赤貝が好きなんで、そんなことできません」と昭和気質の若旦那。
煮ハマグリも香りが良い。控えめの調味で煮られており、ハマグリの旨味がしっかりと伝わってきます。
カスゴダイ。桜色の小さく美しい鯛がホロリと舌の上で崩れていく。魚としては変わった食感であり清澄な味わい。
イクラは大粒。海苔の香りが良く、また、調味が甘いのが興味深い。「高級食材は出せない」と謙遜しつつも要所要所は押さえてきます。
煮あげしたアナゴ。一歩間違えれば瓦解しそうなほどギリギリのラインを狙った柔らかさ。繊細な食感に無色ながらしっかりとした味わいの調味。割に攻めたアナゴでしょう。
私はカンピョウ巻きが地味に好きで、でもカンピョウ巻きを出したがらない鮨屋が多く追加注文を強いられることが多い中、当店は当然のようにカンピョウ巻きを出してくださいました。「僕、カンピョウ巻きが好きなんですよ。鮨ってカンジじゃないですか?」なるほど彼は職人である以前にひとりの鮨好きなのでしょう。
ギョクはカステラというべきかクレマカタランというべきか、滑らかな舌触りにして濃密な味わい。このまま1本お取り寄せスイーツとして売り出したいほどです。
お椀はネギマ汁。トロを炙って脂を落としてネギと一緒に頂きます。こちらもにぎりには使いづらい尻尾の部分を用いており、高級感を感じつつもリーズナブルな価格体系に着地するという庶民の味方の1杯でした。
ふたりで訪れ一通り食べ、2合を飲んでコミコミで3万円ポッキリ。十番、いや東京の鮨屋としては破格の値付けでしょう。銀座「はっこく」ほどではないにせよ、にぎりのみに徹する姿勢は私好み。中途半端なツマミばかりを食わされ合わないワインを飲まされにぎりはほんの数カンで4万円になります的な昨今の鮨業界に一石を投じるお店。

「いやー、僕なんてまだ32歳のペーペーなんで、何万円なんてとても取れないですよ。今はこの値段でやらせて頂いて、とにかく一生懸命働く時です」と、大将。韓国人だからというアファーマティブアクションでは決してなく、兎にも角にも鮨ヲタクの彼。前途は無限の明るさに満ちている。


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麻布十番には日本料理店も結構多いのですが、割高であることが多いです。外すと懐が大ダメージを受けるので、信頼のおける口コミと、味覚が似た友人の感想に頼って訪れましょう。
東京カレンダーの麻布十番特集に載っているお店は片っ端から行くようにしています。麻布十番ラヴァーの方は是非とも一家に一冊。Kindleだとスマホで読めるので便利です。

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