アルドール(ARDOR)/北谷(沖縄)


ブルータスで特集された僻地のイタリアンを巡る旅。和歌山「ヴィラ・アイーダ(Villa AiDA)」に引き続き、今回は沖縄本島は北谷の「アルドール(ARDOR)」へ。
ダイバーであればご存知でしょう、北谷の砂辺の近くです。「Hotel Sunset Terrace(ホテルサンセットテラス)」の1F。街にそぐわない、明らかに怪しい開けゴマ的なドアが目印。
店内は相当広い。席数は絞ってあるものの、結婚式2次会でもできそうなほど広大なスペースが広がります。自慢は厨房かぶりつきのカウンター席なのですが、そのカウンターに奥行きがとてもあるため狭苦しさは全くありません。
一方で、声が非常に響く構造なのか、1卓でも喧しいゲストたちがいると途端に居酒屋っぽい雰囲気となります。お店側からは特に注意するでもなかったので、カジュアル志向なのかもしれません。
ウェルカムドリンクは新鮮なパイナップルを絞り甘酒(だっけ?)で割ったドロドロのジュース。トロピカルな味覚が濃厚で美味。これをお酒で割れば立派なカクテルになることでしょう。
アルコールのペアリングコースは6,500円、ノンアルコールは5,000円。それとは別に最初はブラン・ド・ブランを提案してくるのですが、ペアリングの1杯目も泡なのに、意図がちょっと見えませんでした。
グリッシーニ的な何か?こちらも用途が不明であり、まあ小麦粉だよねという味覚です。

「あたし、モテ期きてるかも」もう酔ったのか、と思い彼女の顔を覗き込むと、その瞳にはしっかりとした光が宿っていた。それもそのはず今夜の彼女はハンドルキーパー。完全にノンアルコールである。
アミューズはブリオッシュに鶏レバーのパテをのせたもの。私のカジュアルな好物のひとつなのですが、ややレバーの臭みが残り先頭打者としては厳しい。最初の第一歩はよりクリーンなものを求めたい。

「同時多発的に3人から言い寄られているんだ」私の反応を楽しむかのように彼女は観測気球を上げる。「『キミのことを必ず幸せにしてあげる』だって。半分プロポーズだよね」
縞蛸。スペイン料理的プランチャ鉄板焼きで調理しており、外皮がカリカリと香ばしく仕上がっています。加えて身の部分は非常に食べごたえがあり、まるで肉を食べているかのような食べごたえ。ちなみにこの時プレゼンテーションでウケを狙ってきたのですが、見事なまでにドン滑りであり、一周回って記憶に残る演出でした。何をしたかは秘密です。

「でも、『幸せ』って何なんだろうね。自己分析しちゃうと自分でもわかんなくなっちゃってさ」であれば少なくともその男はキミを幸せにすることはできないということだ。
続いてゴーヤの天ぷら。自家製のマヨネーズやビーツのソース、ゴーヤのオイル、ペーストなど多種多様な工夫を凝らして攻めてきます。ジュニパーベリー(ねずの実)をスパイスとして用いるのは興味深い。
ペアリングの飲み物は沖縄産のジンを用いたカクテルでした。なるほど先の料理にジュニパーベリーを用いたのは理由(ジンの風味付けに使用される)があってのことなのですね。

「だいたいさ、幸せにして『あげる』って何なわけ?」もうひとりのギャルが身を乗り出して抗議する。「男に何かしてもらいたいとか、守ってもらいたいとか、1ミリも考えたことない。そんなことよりも『あたしの好きにさせて欲しい』が本音なんだけど」こういうスタイリッシュな物の考え方をする子はだいたい女子校出身です。
1,800円の追加料金でパスタをグレードアップしてもらいました。有り難い牛肉のカルネクルーダ(タルタル)に牡蠣を合わせた冷製パスタ。そんな組み合わせ合うんかい、と疑いの眼差しで取り組んだのですが、これが実によく合い本日一番のお皿です。割に太い麺を冷製パスタにするのも斬新。加えて当店は合法的にユッケを提供して良い設備を備えているそうで、その心意気は冷静と情熱のあいだと評して良いかもしれません。
しかし新たな酒は出ないままだったので、このパスタとさっきのジンを合わせるということでよろしかったでしょうか、と静かに訪ねると、スタッフが4〜5人集合し作戦会議を開始。しばらくの議論ののち、こちらのロゼが出てきました。そう、これでいい。どこかの開き直り嘘つきマダムとは大違いだ。
牛ホホは典型的な赤ワイン煮込みとは異なり、酸味をきかせつつ柑橘のフレーバーを添えるなど魅力的な提案でした。連れは牛ホホ肉料理をそれほど好まないのですが、「この展開は新しい」と目を細める。
合わせるワインはイタリアのオレンジワイン。複雑な酸味が豊かで先の牛ホホ肉の調味にとても良く合う。牛ホホ肉の煮込み料理に白ブドウを合わせる店など世界広しと言えども当店だけではなかろうか。
赤仁ミーバイ。和名ではスジアラと呼ばれる高級魚であり、赤西仁とは関係がありません。これまでの芸風と異なり途端にシンプルな調理であり、もともと淡白な魚にこの調味ではやや物足りない。加えてカルネクルーダや牛ホホ肉などヘビィ級選手の直後である。

「○○さん(私の名)は、女の子のこと守るとか、そういうのとは全然違うよね」全然違うね。女性は強い生き物だ。体格差と瞬発的なパワーを除いて、メスは全ての能力がオスを上回っているとさえ思ってる。本質的には女性が弱い部分なんてひとつもない。
ワインはシャブリ。魚料理にはよく合いますが、やはりこの組み合わせはもっと序盤で出会うべきだったかもしれません。
更になぜかこのタイミングでパン。ザックリとした食感で深みのある味わい。割に好きなベクトルではありますが、これももっと、ソースが輝いた料理と共に食べたかった。
「スイカ」と紹介されたのですが、その実際はガスパチョ。島とうがらしを用いているかのようなピリっとした遊び心がグッド。スイカかどうかはさておき、仕切り直しの一口としては見事でした。
メインは「紅あぐー」という銘柄の豚肉。なるほど上質な豚肉であり脂まで美味しい。ごくごくシンプルな調理もこの素材にはピッタリです。
他方、合わせるワインはハードボイルド・ワンダーランドな味わい。もうちょっと手前の赤系な味わいで止めるほうが私は好きかもしれません。
デザート1皿目は「冬瓜のカクテル」。決して悪くはありませんが、これまでの曲者揃いのストーリーに比べると存在感は無く、記憶から欠落してしまう。

「もちろんオトコに守られたいってオンナもいるかもしれないけど、そうでないオンナも沢山いるってこと、覚えておいてよね。あたしたち側は、放っておいてもらいたいの。でも、緩やかには見守っていて欲しい」彼女はそう言って、太陽とシスコムーンのように明るい笑顔を私に向けた。
メインのデザートはティラミス。伝統的なそれを再構築したものであり、決して企画モノに留まることなくしっかりと旨い。これ、東京のデパ地下で展開したら大ブレイクするんとちゃうか。それほど斬新で懐かしい、ベーシックな味わいです。
これは確かエスプレッソと甘口ワインを割ったカクテルだったっけなあ。これ単体でも実に美味しく、先のティラミスと合わせて2度旨い、上手なペアリングでした。
食後には沖縄産のフレッシュハーブティー。まあ、一般的なフレッシュハーブティーです。ところでフレッシュハーブティーって全然ティーって感じじゃないですよね。フレーバーウォーターに再分類したほうが個人的にはしっくりくるのだけれど。
小菓子はイマイチ。先のティラミスの独創性に比べるとこの手抜きは何なんでしょう。冒頭の小麦粉にせよ、もうちょっとこのあたりを詰めていけば(もしくは切り捨てるか)、より凝縮感に溢れたコース仕立てとなるような気がします。

お会計はアルコールペアリングをつけた場合、食べて飲んで2万円強でした。沖縄としてはぶっとび価格なディナーですが、世界的なレベルで判断すれば、かなり費用対効果は高いと言えます。ヘンテコな料理も色々ありましたが、その根本はきちんと美味しく、そのあたり総監督の味覚に係るセンスが良いのでしょう。神保町「アルテレーゴ(ALTER EGO)」なんかよりも全然好き。
また、店員同士の仲がとても良さそうなのが微笑ましいですね。何かあればパーマンよろしく皆で集まって対応策を協議し、全力で解決に臨みます。見方によっては効率的ではないかもしれませんが、それほど忙しい店でもないため、このぐらいの文化祭感がちょうどいい。トラブルがあっても皆が皆しらんぷりな店とは大違い。こういう店で私は働きたい。


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