ワーケーションという名の幻想。奴らは「ワーケーション」と言いたいだけであって、実践した経験は極めて少ない。

菅義偉首相が官房長官時代にぶち上げ、途端にスターダムにのし上がった概念「ワーケーション(Workation)」。「ワーク」(労働)と「バケーション」(休暇)を組み合わせた造語であり、テレワークとは区別される働きながら休暇をとる過ごし方です。
新しもの好きでありつつも保守的な日本人は当該コンセプトに対し、大手新聞社から怪しげなwebメディアまで賛否両論罵詈雑言の雨あられ。しかしながら、どの媒体の記事も表面的にメリット/デメリットを論じているばかりであり、記者の実体験に基づく記述が全く無い(あったとしてもせいぜい1~2泊に留まる)のが気になりました。

実は皆、「ワーケーション」と言いたいだけであって、実践したことがある人は極めて少ないのではないか。今、本当にワーケーションを試してみれば、ワーケーション業界の第一人者になれるのではないかと思惑し、2021年1~3月の間で私自らチャレンジしてみました。
場所は冬でも温かく春でも花粉の無い沖縄。もちろんぶっ通しの滞在というわけではなく、なんやかんやで東京に用事はあるので行ったり来たりを繰り返しはしましたが、それでも立派に「ワーケーション?ああ、昔はよくやったねえ」とドヤるぐらいの経験値は積めたと自負しています。

以下、実際に試した者にしかわからない奇譚をご紹介。本当の「ワーケーション」の世界にようこそ。


■ネット環境が思いのほか整備されていない
ネット越しに仕事をするので当たり前ですが、回線速度は生命線となります。宿泊施設を予約する際、立地や部屋の広さ、料金などを比較検討するのは当然ですが、回線速度までは気がまわらない(まわったとしても確認する術がない)のが普通でしょう。

意識の高いホテルやコンドミニアムであれば50Mbps程度は出ることが多いのですが、普通の宿泊施設であれば10Mbpsを切ることが殆どであり、中には1Mbpsを切る高級ホテルもあったりします。

こうなってくるとWeb会議やメガ単位のデータのやり取りはストレスを感じるようになってくるので、自衛のための代替回線、例えばスマホのテザリングやモバイルWiFi、データ通信専用SIMなどを併せて携行する必要があります。

しかしながら、それら自前の回線もエリアに拠って速度の大小がかなりブレるし(通信会社が提供するエリアマップはアテにならない)、かといって事前チェックに現場を訪れるのも馬鹿らしい。

つまり、まともな通信環境の下での作業を求めるのであれば、ワーケーションと言えどもある程度の都会に滞在する必要があるのです。


■ガジェットは壊れる
リモートワークに必要な装備は山ほどありますが、それらはどれも壊れます。東京であれば「あ、ヘッドセットの調子悪い。新しいのポチっちゃお~」とすれば翌日、ともすれば当日中におニューのアイテムをゲットすることができます。しかし田舎でそうはいきません。

例えば国内線離発着数トップクラスの那覇であっても、Amazonで注文したものが到着するまでに3~5日は要します。もちろん那覇にはヤマダ電機のような家電量販店があるのでリアル店舗での調達すれば済む話ですが、これが他の離島や山間地の場合は為す術がなく、マウスの単三電池が切れただけでも難儀します。

つまり、まともな補給路を確保した上で作業をしたいのであれば、ワーケーションと言えどもある程度の都会に滞在する必要があるのです。


■作業環境は自宅よりも全然悪い
前述の回線速度とも関連しますが、作業環境は自宅よりも全然悪いです。

例えば私は自宅においてスタンディングデスクでPC作業を行い、立ち疲れたらソファやベッドにゴロンする生活を送っているのですが、ホテルにスタンディングデスクはまずありません。バーカウンターがあればその上にPCを置いてハイチェアに座らずに立てば何とかなるのですが、それすら無い場合は冷蔵庫や電子レンジなど丁度良い高さの安定した物体の上にPCを置いたりと工夫が必要です。

室内にどうしても丁度良い高さの安定した物体がない場合は、テラス席のテーブルを丁寧に拭いた上で室内に持ち込みコーヒーテーブルを重ね合わせるなどの荒業をやってのける場合もあります。
図解すると、「ワーケーション」でグーグル画像検索するとこのようなイメージ画像が表示されますが、実態は、
こうです。このような新手のバベルの塔の上や薄暗い玄関の靴箱の上で立ったままパソコンをタカタカしていると、いったい俺はどこに何をしに来ているんだろうという不思議な気持ちになってきます。

もちろんスタンディングデスクは極端な例ですが、一般的なライティングデスクすらないホテルも多く、あったとしても椅子がフニャフニャで長時間作業には向かなかったりと、作業環境のクオリティは自宅やオフィスには全く敵いません。
結果、ワーケーション先であってもWeWork的なワークスペースを利用することとなります。やれやれ。ちなみに沖縄なら「howlive」がオススメです。通常は1時間1,100円ですが、JALカードで支払えば1日2千円ポッキリというキャンペーンやってました。


■うるさい
自宅であれば近所の目があるので皆、品行方正に生活をおくるものですが、旅先の宿泊先では羽目を外してしまいがち。

そのため上階で子供が走り回ったり、隣室の部屋飲みが奇声を発したりなどは日常茶飯事。しかしながら小規模なホテルやコンドミニアム、民泊ではルームチェンジが原則きかないため、騒音に耐えながら仕事に臨む必要があります。

私は一時期ジュリアードへの進学を考えていたほど音には敏感なので、こういう状況は精神的にかなりきつく、結果、ワーケーション先であってもWeWork的なワークスペースを利用することとなります。やれやれ。

加えて、そのような逃げ場を機動的に活用するためには、ワーケーションと言えどもある程度の都会に滞在する必要があるのです。


■外食の選択肢が限られる
ホテルやコンドミニアム、民泊のキッチンは自宅ほど装備が整っていないので、栄養補給はいきおい外食が主軸となるのですが、これを東京の感覚、すなわち「野菜不足だからクリスプでも行くか」「時間が無いから牛丼で済まそう」「今日はちょっとワイン飲んじゃおっか」のような態度で臨むと絶望します。

まず、田舎は飲食店の数がそもそも少なく、あったとしても営業時間が限られており、その7~8割は炭水化物でまわっています。この条件に当てはまらない飲食店は国道沿いの焼肉と回転寿司とファミレスぐらい。これが大都市を除いた地域の外食文化の現実です。食べログでランキングを開いてもラーメン屋ばっかりです。

あなたに毎日炭水化物ばかりを取り続ける覚悟はありますか?なければワーケーションと言えどもある程度の都会を滞在先として選びましょう


■結論
整理すると、ワーケーションに向くのは以下の箇条書き全てに当てはまる方でしょう。
  • 大容量の回線や情報機器を必要としない職種
  • 作業環境の変化や騒音に鈍感
  • 食事に無頓着
このような価値観をお持ちの方がワーケーションなるコンセプトに興味を持つかは甚だ疑問です。1点目など、ワーケーションの概念すら否定しかねません。

然るに昨今のワーケーションと言いたいブームは、実際に試したことの無い連中がちょづくための幻想でしかなく、こたつ記事量産メディアの乗っかり芸に他なりません。やはりガッツリ仕事をするのでれあればオフィスか自宅が一番です。生産性が低くなる上に家賃を二重に支払わねばならないことを考えると、ああ、ワーケーションとはなんて非合理的なコンセプトなのでしょうか。

もちろんコロナ禍から逃れたい(基礎疾患があるため大都会で生活するのは怖い)、暑さ/寒さに極端に弱い、花粉症が酷いなど、別の動機があるのであればワーケーションという選択肢も大いにアリでしょう。

それではそのような方のために、私が体験した沖縄での滞在先についての短評を記しておきます。もちろん1泊10万円みたいなホテルはチルすぎてチートなので除外。予算は1泊2万円までとしています。


<ワーケーションに向かない>
■Airbnbなどの民泊施設
もともとあまり好きな概念ではありませんが、ことワーケーションとなると輪をかけてオススメできません。なぜならネット環境が脆弱だから。

日本における民泊施設はガチの光回線を引いている部屋は少数派であり、モバイルwifiルータを貸与する仕組みが殆ど。使ったことがある人はわかると思いますが、モバイルwifiルータはとにかく不安定であり速度も遅く、web会議などでは信用できません。

また、民泊施設は騒音などのトラブル時に対応してくれる見込みは薄く(そもそも管理人が同じ建屋にいない)、長期滞在時の消耗品の購入は自腹だったりもします。一見割安に見えますが、何かあった場合の課題解決能力は皆無であり、なんやかんやで割を食うのはユーザである我々です。安いには安いなりの理由があるのだ。


■小規模なコンドミニアムやホテル
数百室を擁しレセプションや管理人がしっかりしている大規模コンドミニアムなら問題ありませんが、数室しかない、民泊に毛が生えた程度のコンドミニアムやホテルは要注意。

回線こそはしっかりしていることが多いですが、民泊施設と同様にトラブル時の対応力が欠落していることが殆どです。快適度合いが上下左右の隣室客のマナーに大きく左右され、運に拠る面が大きい。また人の出入りも激しいため、昨日までは静かだったけれど、今日からはやかましい、なんてこともザラ。そんなときでもルームチェンジに対応してくれないのが小規模なコンドミニアムやホテルです。

ちなみに「たびの邸宅 沖縄那覇」ひいては「たびの邸宅」という系列のコンドミニアムには要注意。私は心から酷い目に遭い、抗議のお便りをかなり丁寧に具体的に送ったつもりなのですが、メール1本で軽くあしらわれました。今のところ2021年で最も嫌な思い出です。呪ってやる。


<ワーケーションに向く>
■アラマハイナ コンドホテル
ちょっと高くて1泊ギリ2万円といったところですが、お気に入りなのでご紹介。沖縄は北部の本部町、島内屈指の観光地「美ら海水族館」徒歩圏内にあるコンドミニアム調のホテル。分譲もしており、どの部屋も50平米超とロングステイに向いた宿泊施設です。いわゆる高級ホテルの濃厚な接客とは異なり、良い意味で簡素な客あしらいです。
とても広いです。「50平米超」との案内はされていたのですが、動線が良く打率以上に打っている印象を受けました。
コンドミニアム調なのでダイニングテーブルやキッチンなどもきちんとしたものが用意されています。もちろん食器や調理器具などは最低限なものですが、あくまで仮の生活拠点という意味では充分すぎるほどの仕様でしょう。詳細は別記事にて


■ユインチホテル南城
建屋としてはかなりボロいホテルなのですが、WeWork的なワークスペースと温泉を併設し、宿泊者はいずれも無料で利用できるという面白いコンセプトのホテルです。館内はとにかく古く、謎のBGMが流れ続けており昭和が止まりません。駐車されている車にレンタカーは無く、利用客は沖縄の方が殆どです。
部屋は普通。ところどころ清掃の甘さが目立ちますが、1泊1万円かそこらのホテルなので、まあ、こんなもんでしょう。海に面した高台に建つホテルなので眺望は素晴らしい。
目玉はWeWork的なワークスペース。ホテルのラウンジなのに子供の出入りを禁じるという思い切りの良さ。家族や同行者と物理的に隔離された場所で仕事に臨むことができるのがすごくいい。
コーヒーなどの飲み物や小菓子も用意されており、空港のラウンジのような雰囲気です。週末は客層が荒れがちですが、平日は至って平和。静かで作業に没頭できます。回線速度もピュンピュン。
天然温泉もあり、宿泊者はいつでも無料で利用することができます。大浴場があると自室のバスルームの質がどうでも良くなるのがいいですね。
南城市役所の真向かいにあり地域のスポーツセンターも兼ねているのか、体育館やスカッシュ、屋内外のプール、筋トレルーム、テニスコートなど、港区スポーツセンター級の設備が整っています。これらの利用は有料ですが、宿泊者は割引がきいて1回数百円でした。
繰り返しますが、建屋としてはかなりボロくサービスも洗練されていないため、あくまでワーケーションに適した場として捉えて下さい。合宿とか研修にも向いてるかも。また、車での移動が必須のド田舎にあるため(「いま沖縄で最もホットな地域「南城市」飲食店まとめ」参照)、飲みに出歩いてデロンデロン、みたいな事態も避けることができます。ある意味では仕事に没頭できる環境なのかもしれません。

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