鴨蕎麦 尖(かもそば とつ)/奥沢

自由が丘駅または奥沢駅から徒歩10分ほど。住宅街の完全マンションな1Fに「尖」の標識。何を隠そう、こちらが「経営がヘタすぎて潰れそうな蕎麦屋」として一時期Twitterを騒がせた「鴨蕎麦 尖(かもそば とつ)」の居場所です。
ディナータイムはカウンター6席のみの1回転。7,800円のコース料理1本勝負であり、完膚なきまでのワンオペです。バーのような蕎麦屋らしからぬ内装に、サークルの先輩然とした親しみやすい店主。BGMはヒップホップ。一言で表現すると変な店です。
ビールのグラスは白穂乃香のものなのですが、中身は異なる銘柄でした(エビスだっけ?プレモルだっけ?)。こういうもったいない精神、結構好き。
先頭打者は板状の蕎麦に穴子の稚魚(のれそれ)。春の訪れを告げる珍味にトッピングはキャビアと、のっけから高級食材で攻めてきます。それでも最も印象に残ったのはやはり蕎麦ですね。ギュっとした噛み応えに鼻に抜ける香りが堪りません。
続いてはカニのほぐし身にカニミソ、タケノコ。カニミソの量がとんでもなく、人生で最もカニミソを味わった夜でした。
あれだけのカニミソを目の前にすると、日本酒を注文しないわけにはいきません。ところで、ワンオペだとは頭で理解しつつも、やはり滅茶苦茶に皿出し酒出しが遅いですね。色々とどんくさいシーンも多々あり手際も悪い。よくモノを落とす。店主はしきりに恐縮されており憎めないのですが、やはりこのテンポの悪さは気になるところ。
蕎麦の寿司。蕎麦の上に鴨肉と雲丹がたっぷり。うーん、これは豊橋カレーうどん級に別々に食べたい。それぞれの食材は文句なしに美味しいのですが、それを合わせて食べる必要性が感じられませんでした。ちなみに豊橋カレーうどんとは、丼の底の方にとろろご飯をよそい、その上からカレーうどんが盛りつけられたご当地グルメです。
トラフグの白子に鴨。この白子は総毛立つ美味しさ。ムチムチとした食感に奥行きのある官能的な味わい。タラの白子のように舌先でだらしなく崩れることはなく、しっかりとその食感を主張する見事な素材でした。
我々は18時の予約だったのですが、このあたりで19時予約の客がやってきました。すると厨房はパニック状態であり、最中に鴨肉とチーズを挟んだ1口を出すだけで30分以上を要します。聖書の十の災い入れても良いレベルの待ち時間。そんな調子では食べる味わいも中くらいである。
事件発生。店主が申し訳なさそうに両手を合わせ、「ちょっとそこまで買い出しに行ってきます!ほんとすぐそこのスーパーなんで!ちょっとお店あけます!スミマセン!」と謝りながらお店を出ていきました。これについては一同爆笑。ゲスト同士の心が通じ合った瞬間です。
店主の帰投後に提供された鴨。スーパーで買ってきたのはライム(?)かなあ。肉そのものの品質は悪くないのですが、温度管理がイマイチで、部位によってぬるかったり冷えていたりと、もうちょっとマシな食べ方があったことでしょう。右下のフォアグラは日本酒の良いツマミでした。
主役の蕎麦が登場。この時点で入店から3時間半が経過しています。が、なるほどこれは長い時間を待つだけの価値がある美味しさ。とにかく香りが強く、塩でシンプルに食べても蕎麦の複雑な味わいがガンガンと押し寄せてきます。
こちらは鴨汁。めっちゃめちゃに濃く、人気のつけ麺屋のつけだれのような濃度です。これ単品では文句なしに美味しいのですが、蕎麦をつけて食べると、その繊細な香りや味わいを全て無力化されてしまいました。これはちょっと普通の蕎麦つゆで食べたいな。
2枚目は異なる産地のお蕎麦で。先の野性味溢れる1枚に比べると幾分エレガントなお蕎麦に感じました。ちなみに有料ではありますが、大盛り特盛りなどにも対応して下さいます。
蕎麦湯が面白い。このまま焼けばガレットになるんじゃないかというレベルの濃度であり、湯というよりもペーストでした。こんなに食べ応え(?)のある蕎麦湯は中々ないぞ。
デザートはイチゴに白トリュフ風味のハチミツを。決して企画モノではなく、白トリュフの香りと旨味の使い方が上手かった。

18時に入店して退店は22時半でした。終盤は19時入店組と足並みを揃えることになるので、それなら最初から一斉スタートでいいじゃん。広尾の「ル クラヴィエール 有栖川」を思い出しました。でもなあ、鎌倉の「été(エテ)」なんて、同じ7,800円のワンオペで、もっとややこしい料理を倍ほどの皿数で、待たさずにテンポ良く提供できているしなあ。

料理についても、蕎麦に関しては間違いなく絶品なのですが、その他の調理はどうでしょうか。高級食材を多用しており、うっかり美味しく感じてしまいますが、それは食材が良いだけであって、技巧を駆使した創造的な作品とは言い難い。蕎麦を除いてはお取り寄せパーティという印象が残りました。

というわけで、6名の貸し切りで、皿出しが遅いのはもはや芸と割り切って、のんびりダラダラと飲むつもりで訪れるのが良いのかもしれません。店主の人懐っこさも味わい深いので、それを含めて楽しい飲み会になることでしょう。


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