岸田屋(きしだや)/月島

月島のもんじゃストリート(西仲通り商店街)沿いにある東京屈指の名酒場「岸田屋(きしだや)」。明治33年(1900年)に汁粉屋や酒屋として創業し、戦時期の国民酒場を経て、昭和41年(1966年)に現在の居酒屋の業態となりました。吉田類の「酒場放浪記」に紹介され、食べログでは百名店に選出されています。
店内は年季の入ったコの字型カウンター主体のシンプルな造り。真壁は茶色く変色し、天井から吊るされた裸電球が薄暗い店内を照らし、人工的に演出された昭和レトロとは一線を画する、本物の昭和の実感を現在に伝えています。
ところでネット上の情報から「行列する」と脅されており、念のため開店15分前に訪れたのですが、その時点で先客は7名。しかしそこから列は延びず、入店後30分経ってからでも客は半数の入りでした。もちろん日に拠るとしか言えないでしょうが、回転も速い業態ですし、過度に待ち時間を恐れる必要は無いように感じました。
卓上にメニューはなく、四方の壁に貼られた品書きから飲み物と料理を選ぶスタイルです。瓶ビールや生ビールは700円前後であり、日本酒はクラシックなものが好みのようです。もちろんハイボールやレモンハイなどの用意もあります。
ぬた。酢味噌で和えた定番のツマミであり、具材はマグロ、甘エビ、タコ、ワケギ、ワカメなど旬の魚介と野菜を組み合わせています。酢の酸味と和辛子のピリッとした刺激が効いています。
れん草ごまあえ。ギャルっぽい略し方ですが、恐らく「ほうれん草」のことであり、醤油ベースのタレで和えたシンプルな仕上げ。れん草由来の甘みと青々しい香りに、香ばしい胡麻の風味が加わり、箸休めにぴったりです。
看板メニューの「牛にこみ」。北千住の「大はし」、森下の「山利喜」と並んで「東京三大煮込み」のひとつに数えられ、漫画「美味しんぼ」の第1巻では「究極の煮込み」として登場します。スパイスなどで誤魔化すことなく時間をかけて何度も煮こぼすことで臭みを徹底的に取り除いており、そこに味噌と醤油をベースにした濃厚かつドロッとしたタレをたっぷり。部位ごとに異なる食感が楽しみつつ、たっぷりの刻みネギを添えて清涼感をプラスします。
しらす沖漬け。一般的に流通している茹でられた「しらす干し」とは異なり、コチラは生しらすを新鮮なうちに特製の醤油ダレに漬け込んだ逸品。タレの旨味としらす自身の持つ仄かな苦味、内臓のコクが酒を呼ぶ。
「牛にこみ」と双璧をなす当店の煮込み料理の傑作「肉どうふ」。お豆腐は佃島の老舗豆腐店から仕入れているそうで、煮崩れしないしっかりとしたタイプ。「すき焼きです」と言われても納得する上等な牛肉にじっくりと甘辛く煮込まれたネギが添えられます。肉やネギから溶け出した濃厚で甘めの黒い汁が豆腐の芯まで染み渡り、大衆酒場における煮物の最高峰としての完成度。個人的には「牛にこみ」よりも「肉どうふ」のほうが好きかもしれません。
〆にイワシのつみれの吸い物。主役のつみれは、新鮮ないわしを骨ごと丁寧に叩いて作られており、イワシならではの旨味と苦味が凝縮されています。つみれから出たエキスが優しい味わいの吸い地と合わさり、五臓六腑にじわりと染み渡ります。
以上を食べ、軽く飲んでお会計は5千円強。派手さはなくともひと皿ひと皿に手間と誠実さが宿り、静かな自信を感じさせる料理の数々は、長年多くの愛酒家を魅了してきた理由を雄弁に物語っています。次回はキンメの煮付けなどお魚系のツマミを試してみようと思います。おにぎりも気になる。

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「東京最高のレストラン」を毎年買い、ピーンと来たお店は片っ端から行くようにしています。このシリーズはプロの食べ手が実名で執筆しているのが良いですね。写真などチャラついたものは一切ナシ。彼らの経験を根拠として、本音で激論を交わしています。真面目にレストラン選びをしたい方にオススメ。