湯宿 さか本(宿泊)/珠洲(石川)

「さか本はなんにもありません。申し訳ありません」公式ウェブサイトのトップページからいきなり頭を下げる奥能登の旅館「さか本」。金沢や富山の市街地から3時間近くを要する秘境、それも車1台が通り抜けるのがやっとという山道を抜けた先に位置します。それでも熱烈なファンは多く、料理部門としてミシュラン1ツ星を獲得しています。
[もしかしたら、さか本は大いに好き嫌いを問う宿です。なにしろ、部屋にテレビも電話もトイレもない。冷房設備もないから、夏は団扇と木立をぬける風がたより。冬は囲炉裏と薪ストーブだけ。そう、いたらない、つくせない宿なんです」なんと自虐的な自己紹介なのでしょう。それでいて不思議と高潔な姿勢も伺えます。ちなみにインターネットやFAXでの予約は受け付けず、全て電話のみというアナクロな運営です。
意を決してのれんをくぐると、誰もいません。こんにちわー、と、間抜けな挨拶をクレッシェンドさせると、「清潔な」という表現がぴったりの女性が現れました。荷物のお手伝いどころかスリッパすらなく、名前を告げると部屋に通されるだけというミラクルな塩対応です。
「こちらです。お食事の時間は18:30で、こちらにお持ちします。お風呂はあちらです」以上、我々と宿が言葉を交わした最初で最後の瞬間であった。実家よりも放っておかれます。かといって従業員がちょづいているというわけでは決してなく、不思議と心地よく感じてまい、私の密かなMっ気が発揮され始めました。
奥の寝室。ピリっとした空気があり、イヤラシイことをする雰囲気では決してありません。そもそも部屋の鍵は無く、障子1枚隔てるとパブリックスペースであり、話し声や足音など丸聞こえ。この宿にはプライバシーという概念は希薄のだ。ちなみに朝は自然光と鶏の鳴き声で叩き起こされます。
部屋にトイレや洗面所はなく、共同の流しまで徒歩30秒で向かう必要があり、合宿所のようなシステムです。洗面所から望む中庭の美しさにしばし見惚れるのですが、窓はなく半分アウトドアなのでめちゃんこ寒い。ちなみにタオルや浴衣の用意はあるのですが、歯ブラシのような文明の利器は無いので、家から持ってきましょう。
敷地内を散策。と言っても山林に囲まれているのでどこからどこまでが敷地なのかは不明です。小川に池(沼?)などもあり、その脇にはチェックイン前後に自由に使えるゲストハウスが。
本館もそうですが、ゲストハウスにも何もありません。近代的な茶室のような佇まいであり、音すらない。究極のミニマリズム。極限にまで研ぎ澄まされたセンスの良さを感じます。ちなみにwifiといった文明の利器も勿論なく、ケータイはドコモがギリ繋がって、楽天ならびにauはかすりもしませんでした。
お食事の時間です。もともとは食堂的な位置づけの部屋で、3組の宿泊者たちが揃って食卓を囲むというスタイルだったのですが、コロナ禍だからか部屋での食事へと変わったそうです。詳細は別記事にて。
こちらは朝食の模様。やはり部屋食であり、修行僧のような兄ちゃんが恭しく食事を並べてくれます。
スペシャリテの飛竜頭(がんもどき)。作り立て揚げたてのものを食べるのは初めてかもしれません。カリっとした外皮にホクホクじゅわじゅわした食感。そういえばこの食べ物は大豆からできているのだった、と再認識するほどの豆の味の濃さです。
かつ丼の頭をお麩に替えたようなもの。ありそうでない料理。当館は精進料理推しというわけではなりませんが、こうして肉類をオフするのが自然にすら感じてきます。
ラグジュアリーホテルのような慇懃無礼な設備ならびに接客は一切ない、尖りに尖った旅館でした。なるほどこれは確かに賛否両論。私はとても好きですが二度と泊まりたくは無く、そのくせ人にはオススメしたいという複雑な心境です。
なんというか、宿泊とか料理とかを超越した「気づき」が多い旅館なんですよね。人間にとって本当に必要なものとは一体なんなのかと改めて考えさせられる、学びの多い場所。これで1泊2食付きでひとりあたり1.8万円というのは随分安い。高野山の宿坊とはまた趣の異なる、誰もが哲学者になれる宿泊施設でした。

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「東京最高のレストラン」を毎年買い、ピーンと来たお店は片っ端から行くようにしています。このシリーズはプロの食べ手が実名で執筆しているのが良いですね。写真などチャラついたものは一切ナシ。彼らの経験を根拠として、本音で激論を交わしています。真面目にレストラン選びをしたい方にオススメ。