紀茂登(きもと)/神楽坂

神楽坂の北にある住宅街。マンションの狭間にある大使館のような重厚な扉。表札には「紀茂登」の文字。
インターフォンを鳴らして予約名を告げるとロックが解除され、アプローチへと進みます。非日常感満載。
これまた分厚い、銃撃にでも耐えられそうな扉が登場。暗証番号を押して扉を開けると、お店の方が出迎えてくれます。「紀茂登(きもと)」。神戸を代表する和食店であり、2018年10月に東京へ移転してきました。
店内はカウンター8席のみ。味のある漆喰の壁に、舞台のようなカウンターが良く映えます。木本泰哉シェフはフランス料理人を父に持ち、京都「桜田」で腕を磨いたのち2010年に独立。開業後すぐにミシュラン2ツ星をゲットしました。
まずはビールで乾杯し、その後、日本酒へと展開しました。控えめに飲んでひとりあたりの総支払金額は6万円強。都内でも指折りの高級和食と言えるでしょう。ワインはそれをグラスで出すかというレベルのものがラインナップ。あなおそろしや。
さっそくスペシャリテのカラスミから。質・量ともに最高峰のカラスミです。塩辛いというわけではなく、カラスミって元々こんな味するんだと教えてくれる神々しい1品。ごはんが既に用意されているのも心憎い演出。
お椀はオコゼと新玉ねぎ。上品なオコゼの身質に親しみのある玉ねぎの甘味。全体を取りまとめる気高いスープ。一体感を感じられるお椀でした。
スミイカ。細かく包丁を入れており味蕾に吸い付くかのようです。生のクチコ(ナマコの卵巣)にディップして頂くのですが、カラスミ同様に綺麗な味わいです。珍味にクセがあるとは限らないのだ。
マグロは薄くスライスし、大根と花山椒を巻き込んで頂きます。このマグロは美味しいですねえ。品の無い脂は1ミリもなく実に上質。旨味・酸味・鉄分のハーモニーが堪りません。
さて本日の主役、タケノコです。まずは蒸しただけ。味付けはせず素のままで口に含んだだけでしみじみ旨い。西洋の暴力的な味の重ね方の対局にある料理であり、まさに素材といった味わいでした。
続いて焼き。先の蒸しに比べると当然に香ばしさが感じられ、味覚のベクトルも少し変わりました。まずはそのままで。続いてお出汁に浸すも良し、塩を振るも良し。
アワビと伊勢海老。これはもう、文句なしに美味しいですね。素材の勝利です。山ほど使った木の芽が豪華食材に負けない存在感を放っていました。
マナガツオは西京漬けにしてから揚げています。ありそうでない調理であり、カラっとした食感に続いてジュワリとした舌触りが堪らない。量もたっぷりであり、食べ応えがありました。
トマトにお酢のジュレ。このトマトは美味しいですねえ。まるで熱を放っているかのような凝縮感が感じられ、トマトそのものの味が濃い。
アマダイとウド。アマダイはウロコを際立たせ、バリバリと野性的な食感です。調味も最小限に留めており、アマダイそのものの味が強く感じられます。
メインはお肉。炭火で熱を通し、一旦休ませてからの東条です。何やようわからんがこれはめちゃんこ旨いですなあ。肉そのものが美味しいし、調味も調味も抜群です。肉料理専門店の存在意義を問いかける1品でした。
お肉と共に炊き立てのごはんを頂きます。瑞々しく、肉の強さに引けを取らない逞しい味わい。
お漬物も用意されるので、これを元手にライスのおかわりへと向かいましょう。
更に〆として、オコゼのお出汁を用いたお茶漬けを。ややこしい具材は無く、序盤の伏線を回収しただけのシンプルなものなのですが、無限に食べれる美味しさである。
デザートは生クリームとヨーグルトのアイスクリーム。カンテサンスのアレもかくやと思わせるクオリティであり、欧米系の料理人が見習うべき味わいでした。
食後の飲み物としてデザートワインかお茶を選ぶことができるのですが、ここは敢えてお茶を選択。台湾の東方美人であり、熟したフルーツのような芳醇な香りが感じられます。
焼きわらび餅。これは美味しいですねえ。その辺の和食屋のデザートとは別格の味わいであり、わらび餅としては一つの頂点を極めた逸品です。表面のザクっとした歯触りにトロんと溶ける舌触りが堪りません。
金平糖をつまみながら
お抹茶で〆てごちそうさまでした。

なるほど都内最高峰の価格帯だけあって、文句のつけようがないお料理の数々でした。似たような価格帯としては虎ノ門「と村」が挙げられますが芸風はまるで異なり、より精錬された鋼のような潔さが感じられる料理です。店主は標準語と関西弁を巧みに使い分け、ざっかけないトークを景気よく披露します。よく喋るのですが手際は恐ろしく良く、およそ待たされたという瞬間が一度も無かったのが凄腕の凄腕たる所以でしょう。ネックはもちろんお勘定。コスパを一切考えず、和の美食を追及したい場面でどうぞ。


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