Paul Bocuse(ポール・ボキューズ)/Lyon(フランス)

現代フランス料理を確立させた料理界の重鎮、ポール・ボキューズ。現代フランス料理を築き上げたのは彼であり、後進の育成にも力を入れ(観客の前で料理の腕を競う料理のオリンピック「ボキューズ・ドール」を創設)、いま皆さんが日本を含め世界中のどこででもフランス料理に接することができるようになったのは、彼の功績と言っても過言ではないでしょう。ちなみに私の最も好きなレストランのひとつであるナリサワの成澤由浩シェフも当店で修行しています。
2018年1月20日に91歳で他界した際には世界中のグルマンたちが悲嘆に暮れ、マクロン仏大統領がオフィシャルな声明で「フランス料理そのものだった」と哀悼の意を示すほどの影響力です。
なのですが、これはちょっとアレな外観ですね(以上、写真は公式ウェブサイトより)。一見すると田舎のラブホテルのようにも見えます。このようなエクステリアが許されるのはディズニーシーのアトラクションとココぐらいではなかろうか。
インテリアもエクステリアに負けず劣らず品がありません。サービススタッフたちに何とも言えない威圧感があり、ゲストの間にもピリついた緊張が立ち籠める。全員が最終面接を受けているような雰囲気であり、ちょっとこれまでのレストランとは格が違う印象です。
プレゼンテーションプレートには氏の顔写真が。当店の至る所に彼の写真などが飾られており、皿の一枚一枚やカトラリーに至るまで「Paul Bocuse」「PB」と記されているため、ある種の宗教めいたサブリミナル効果を感じました。
アミューズはガスパチョ的な一皿。トマトの酸味と旨味のバランスが良く、ムース(?)の舌触りもグッド。調味も強く全体として濃厚な先頭打者でした。
ワインはPBのシャンパーニュを。115ユーロで、これが最も安いシャンパーニュでした。重厚なワインリストを眺めさせて頂きましたが、それほど悪い値付けではなく酒豪と訪れれば気前よくポンポンと注文してしまいそうな品揃えです。

妻はアラカルト、私は松竹梅のコースのうち「竹」を注文。もちろん「松」に興味があったのですが、「人間が食べ切れる量じゃない」と何かの記事で読んだことがあり、また、テーブルで統一する必要があるため、泣く泣く「竹」をチョイス。
「竹」コースの前菜はフォアグラ。ぐおお、なんじゃこの量はナンジャタウン!仮に牛肉だとすれば100グラム以上はありそうな特大サイズであり、最初の第一歩でこの量なのかと血の気が引いてしまう。

フォアの質はもちろん高く、パッションフルーツのソースも説得力のある味わいなのですが、ある意味ベーシックな料理であり、都内の高級フレンチであればどこでも食べることができる味覚でした。
パンはごくごく一般的なバゲット。特筆すべき点はないので、全体を通してコレ1つに留めました。

ちなみに隣のテーブルがおばあちゃんとお孫さんの2人組で、お孫さんが飲み物にコカ・コーラを注文しており、ある種の凄味を感じました。
妻はアラカルトでの注文。シェフの最も有名なスペシャリテである「V.G.E.に捧げるトリュフのスープ / 1975年にエリゼ宮にて(Soupe aux truffes noires V.G.E. / Plat créé pour l'Élysée en 1975) 」です。長い料理名である。

1975年にフランスの料理人として初めてレジオンドヌール勲章(シュバリエ)を受勲したポール・ボキューズが、その際のエリゼ宮での晩餐会で、時の大統領ヴァレリー・ジスカール・デスタン(V.G.E.)に捧げた伝説のスープ。お値段90ユーロ、スープ1杯で約12,000円です。
「高価なことが良くわかる味。スライスされたものだけでなく、ブツ切りのトリュフがゴロゴロと入っており、トータルでピンポン玉1.5個分ぐらいのトリュフが入っている。ある意味お買い得」と、妻。
私の魚料理にはスペシャリテの「ルージェ(ヒメジ・白身魚)のポワレ ジャガイモのクルスティヤンをうろこに見立てて (Rouget en ecailles de pommes de terre croustillantes)」。薄くスライスしたジャガイモを並べ、うろこのように見立てます。

魚そのものの味は標準的なものですが、ジャガイモが実に美味しいですね。緻密な火入れでありこれだけ均一なサイズを均一な口当たりで提供するのは至難の業ではなかろうか。ソースは極めて濃厚、かつ、柑橘系の酸味が添加されており、非常に奥行きのある味わいで美味しかった。代官山のポール・ボキューズで食べたものとはまるで別な料理に感じます。
お口直しにカシスのグラニテ。かなりアルコールが強く、どぎつい印象です。

そうそう、このあたりになってゲストの間の緊張感がようやく溶けてきました。いずれの皿もポーションが大きく飽きが来るので、互いに皿を交換こして食べ合いっこしています。写真撮影も気軽にどうぞ。
私のメインは鳩。これも凄い量ですねえ。奥のレバーのパテなんて、サーティーワンのアイスのようです。お味は質実剛健そのものであり、鳩料理の究極系といった味覚です。決して奇をてらうことのない率直な調理。ソースも実にクラシックで好きな方向性であり、バゲッドで拭って1滴残らず平らげました。
妻のメインはカマスをカマボコ状にしたものに、ザリガニをトッピングしたもの。約1万円のカマボコである。魚のすり身料理はこの地方の名物であり、一口頂きましたがなるほどカマボコ界の最高峰にふさわしい味わい。一方で、カマボコはカマボコであり絶頂に達する美味しさかというとそうではありません。

ソースはナンチュアソース。甲殻類の殻などから作ったソース・アメリケーヌに、更にクリームを加え濃度を付けたもの。ソースは滅法美味しく、魚そのものよりもソースを楽しむ料理なのかもしれません。
カマボコには野菜がついてきます。「別に普通」と、妻。このあたりになると、各テーブルに「牛フィレ肉のロッシーニ ペリゴール風(Filet de boeuf Rossini aux legumes de marche, sauce Perigueux) 」「スズキのパイ包み焼き ソース・ショロン (Loup en croûte feuilletée)」など続々とスペシャリテが登場し、いずれもお相撲さんぐらいしか完食できないふざけた量なので、ゲスト全体がゲラゲラと笑い、スタッフたちも基本的にニヤついているので、ある意味料理を用いた極上のエンターテインメントです。ポールはこうして旨いものを腹いっぱい、楽しく食べてもらいたかったのであろう。
さてチーズ。オーベルジュ・ド・リルよりもバランスの良い品揃えに恵比須顔。ただちょっとオペレーションが悪いですね。かなりの大箱であるにも関わらずチーズワゴンが1台しかないため、チーズの待ち順列が発生するのです。1テーブルあたりの処理に10分近くを要するため、何だかんだで30分近く待ってイラつきました。もちろんディジョンのStéphane Derbordでも同じ目にあったので、フランスにおける食事というものはこんなものなのかもしれません。
下から時計回りにコンテ、プーリニーサンピエール、ブリア・サヴァラン、ロックフォールをチョイス。いずれも良い熟成であり、さすがは53年連続三ツ星レストランと言ったところでしょう。
プレデザートとしてレモンのスフレの冷製。中々に密度が高く、ジトっとした舌触りに強めのレモンの風味。地味に旨い一皿でした。
チーズワゴンと同じ原理でデザートワゴンの処理にも時間がかかります。しかも我々は終盤での用意であるため、結構食べ散らかされている状態で、スイーツのお花畑といった美しさには若干欠けている。ちなみに隣のおばあちゃんとお孫さんの2人組はデザート一番乗りだったので、全てが新品状態という布陣であったため店中の注目を集め、ある種のスターのような目立ち方をしていました。
ううむ、盛りが汚い。それでも味わいはグッド。アイスクリームはバニラの香りが濃厚で美味。チョコケーキはカカオの風味に満ち溢れており、舌触りは滑らかと、ガトーショコラの教科書と言って良いレベルの味わいでした。
こちらはクレーム・ブリュレ。ポール・ボキューズの隠れたスペシャリテです。スペインのスイーツ、クレマ・カタラナをこの形に昇華させフランスのお菓子として根付かせたのは実はポール・ボキューズなのですよ。

お味は極めてタフな味わい。一般的なクレーム・ブリュレの数倍は濃厚であり、たっぷりのバニラでスマッシュを決めるという、これまでの料理をそのまんまスイーツにしたような、彼らしい一皿でした。
ちなみに私はビビって食べませんでしたが、こちらも「ウ・ア・ラ・ネージュ(Œufs a la Neige 泡雪卵) 」という、彼のスペシャリテ。卵白に砂糖を加えて泡立てたメレンゲに火を通して固め、クレーム・アングレーズ(Crème Anglaise)に浮かべたもの。さきのお孫さんは色々と迷うことなく、これ1品だけを注文。いずれ大物になること間違い無し。
ミニャルディーズは持ち帰りOKとのことだってので、お言葉に甘えて持ち帰らせて頂きました。

開店時刻の20時に入店し、一通り食べ、お店を出るのは23時過ぎ。我々が最後の1〜2組の客で、オープンラストした計算になります。意外にも他の客はパッパと注文し、対してワインも飲まずにさっさと出ていく印象。コース料理を注文する客は少なく、アラカルト注文するゲストが殆どでした。
料理人たちは仕事を終え帰路についたのか、厨房はガランとしています。それにしてもピカピカに磨き込まれており美しい。ほんの数十分前までは暴風雨のような料理を繰り出していたのに、この後片付けの素早さには舌を巻く。

ひと通り食べシャンパーニュを1本飲んで、ふたりの合計で7万円弱。もちろん1回の食事としてはウルトラ高価ではありますが、世界最高峰のフランス料理を体験するという意味では極めてリーズナブルな価格設定です。エベレストなんて登ろうものなら何百万円もかかるもんな。

プロポーズのような勝負メシという雰囲気ではなく、家族や気の置けない仲間と腹いっぱいう旨いモノを食いに来るという用途に適した構成ですね。間違っても港区おじさんと港区女子のような援助交際ライクな関係で訪れるお店ではないでしょう。

とにかくクラシックな調理で食べ疲れし、今となっては時代遅れな印象は拭えませんが、フランス料理のイロハを覚えるという意味では外せないお店です。リヨン中心地からタクシーで20分程度(20〜30ユーロ)と覚悟していたほどアクセスは悪くないので、リヨンを訪れる機会がある場合は是非どうぞ。生涯忘れることのない食事となること間違い無し。


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ミシュラン3ツ星を50年以上維持する3軒のレストランを巡る旅」目次

「東京最高のレストラン」を毎年買い、ピーンと来たお店は片っ端から行くようにしています。このシリーズはプロの食べ手が実名で執筆しているのが良いですね。写真などチャラついたものは一切ナシ。彼らの経験を根拠として、本音で激論を交わしています。真面目にレストラン選びをしたい方にオススメ。

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