下鴨茶寮 本店/出町柳(京都)


京都での用事が夕方に終わりました。大阪から来てもらうのは申し訳ないと思いつつも、母であり第2子を懐妊中の友人に念のため声をかけると「1日2時間歩けって言われてるから、気にしないで」と秒で来てくれました。妊娠7ヶ月と身重、かつ、第1子を平日夜に夫に預けて他の男に会いに来るとは実に不良主婦である。
予約を入れたのは下鴨茶寮。「くまモン」や「おくりびと」を手掛けた放送作家の小山薫堂がオーナーとなり、話題となりました。

ところで私は標準語と関西弁を完璧に使い分けることができ、今夜は流暢な関西弁での利用だったのですが、関西弁は文章にすると間抜けで読みづらいので、当記事は標準語でお届けします。
160年ものあいだ丁寧に手入れされ続けた美しい庭を望む個室。事前に妊婦と共にお邪魔するとお伝えしていたからか、畳敷きに椅子といった、過ごし易い仕様としてくれていました。こういうことをおもてなしと言うのでしょう。シトシトと降り続く小雨の音が雰囲気を盛り上げる。
昆布茶。ほんのりと漂う品の良い昆布の香り。今後の展開に期待が膨らみます。

「○○クン(私の名)、変わらないよね。ちょっと筋肉質になった?男の人って突然びっくりするほど老けるけど、○○クンはいい感じ」彼女とは20年以上の付き合いであり、私の主義思想を完璧に理解してる数少ない女性のひとりです。
食前酒の日本酒。清澄でキレの良い味わい。ちなみに妊婦にはノンアルコールの梅酒のご用意でした。
キミもすごくステキだよ。特に肌、ツルッツルじゃないか。深田恭子似の妊婦の美しさを褒め称える。「アハハ、妊娠して太ってシワが伸びてるだけだから」と謙遜する彼女。

触ってもいいかい、と彼女の大きく突き出たお腹に触れる。「ほんとひどい体型だよね。鏡を見るたびに暗い気持ちになる」砂を噛んだような表情で彼女は言う。
先附は北寄貝に帆立、芋茎(ずいき、サトイモやハスイモなどの葉柄)に土佐酢のジュレで和えたもの。もともと好きな食材ではありますが、ホタテが抜群に美味。ほんのりと炙った焼き目から漂う香ばしい香りに内部の妖艶な舌触り。土佐酢のジュレも美味しいのですが、もっと強烈な味付けにしたほうが記憶に残ったかもしれません。
「ハイこれプレゼント!」と、SABONの上等なボディソープを頂きました。「ホントはどこかのお土産とかにしたかったんだけど、○○クンってアルカイダみたいに神出鬼没で『この前行った』とか言われかねないからさ」
八寸のプレゼンテーションが可愛らしい。屋根とヘタを取り除いて頂きます。
菊菜のお浸しに柿の白和え、かます寿司、銀杏、厚焼玉子、鮎の甘露煮。銀杏が程よい熱をもっており、調理場から遠い個室への皿出しタイミングに恐れ入る。かます寿司が記憶に残る。適度な酸味と旨味が調和し、これだけで腹を満たしてしまいたい欲望に駆られます。
 「色んな女の子と食事に行ってるみたいだけど、いいの?」いいも何も、僕は結婚してるから、と答えにならない答えで応じる。「既婚者って言葉、便利だよね。マジック・ワード。あたしも今日、旦那にさんざん色々聞かれたけど、『だって彼、結婚してるから』って言うだけで質問を打ち切れたもん」小悪魔的な笑みを浮かべる妊婦。
椀物は鱧と松茸の土瓶蒸し。松茸の香りが芳醇で、一口含むとその味覚が素晴らしい。ベースとなるスープに程よい松茸の野性味。今シーズンは良い松茸ばかり食べてるなあ。
お造りはタイにマグロに剣先イカ。タイが素晴らしい。筋肉質な食感と気品溢れる旨い。ポーションも大きく食べ応えのある刺身です。連れはマグロがお気に入りのようで、「溶けるようだわ」と、実にチープな表現である。
焼物は甘鯛。卓抜した味覚に鳥肌が立つ。意思のある焦げ目から漂う芳醇な香り。じっとりとコクのある身に程よく纏った脂の甘味。本日一番のお皿です。「これなら一匹丸ごと食べれるわ」と、いちいち大げさな女である。
「ママ友との付き合いが面倒でさ。みんな子育ての話ばっかりして、バカみたい。他人の子供の写真とか見せられても、全然かわいいと思えないし」キミぐらい言いたいことを言えたら、僕の父親も禿げずに済んだかもしれない、とひとり頷く。

「会っておしゃべりしたいのなら、子供抜きで、幼稚園の時間帯に会えばいいのに、わざわざ土日に人の家で集まりたがるの。信じられないでしょ?まともに話、できないじゃん。だからできるだけ育児とは無縁の人と付き合うようにしてるんだけど、かといって私が提供できる話題が無いからなあ」口をすぼめる深田恭子。
お凌ぎにカブのふろふき、胡桃味噌。こちらもカブ料理としては極上の逸品なのですが、カブはカブなのでコメントは控えていると、「あたしカブって大好き。食材で一番好きかもしれない」と、いちいち大げさな女である。彼女がレフェルベソンス(カブ料理で有名)に行けば、また違う感想を持つのかな。
合肴に和牛すきしゃぶと変化球。トマトがベースとなった味わいであり、思いのほか味付けが濃い。肉の火入れは頂点を過ぎた印象があり、もう少しレア目で食べたかったかなあ。九条ネギの精密な調理はさすがといったところ。
食事は栗御飯。大きな釜で丸ごと炊いてくれるので迫力満点。
最高品質の米と絶妙な炊き加減に舌鼓。量もたっぷりであり、実質的に食べ放題なのも嬉しい。お椀にも品が溢れており、ツルリとしたナメコの食感が妖艶。香の物の出来も完璧であり、最強のごはんセットでした。
水物はリンゴのシャーベット。リンゴよりもリンゴの味が濃く、その凝縮感が堪らない。ほんの数口しか楽しむことができないポーションが玉に瑕。
お茶請けは蘇(日本風チーズ)に国産レモンのキャラメル、バタークリーム、バナナ羊羹、黒豆チョコレート。和食のお店でミニャルディーズ的対応は初めて。後のお抹茶と共に深い余韻を楽しみます。
「ごちそうさま。次はきちんとした体型な時に会いたいな。お腹の子を産んで体力が回復してきた頃に会おうよ。その時はめっちゃくちゃに飲んで酔っ払うんだから」彼女は本気である。授乳期間中であっても搾乳器を持ち歩き大酒を飲む不良母。
雨が止んだので、自慢の庭を散歩する。「素敵な夜をありがと。○○クンってホント素敵。昔から魅力的だったけど、今はもっと」こういうことをサラリと言ってのけることができるのは、お互いに幸せであるという証拠でしょう。
彼女とは友達以上の関係になったことは一度もありませんが、文はやりたし書く手は持たぬ日々は少なからずあり、20年前にどちらかが一歩踏み出していればそれなりに居心地のよいカップルになっていたかもしれません。しかしながら若いふたりには数ヶ月もすれば当然に別れが訪れているわけで、それっきりもう2度と会うことはなかっただろうから(元カノとは会わない主義)、当時の私の理性は正しかった。
20年前のふたりへ。キミたちの判断はいつだって正しくて、こんなに素敵な未来が待っているよ。‎


このエントリーをはてなブックマークに追加 食べログ グルメブログランキング

関連記事
和食は料理ジャンルとして突出して高いです。「飲んで食べて1万円ぐらいでオススメの和食ない?」みたいなことを聞かれると、1万円で良い和食なんてありませんよ、と答えるようにしているのですが、「お前は感覚がズレている」となぜか非難されるのが心外。ほんとだから。そんな中でもバランス良く感じたお店は下記の通りです。
黒木純さんの著作。「そんなのつくれねーよ」と突っ込みたくなる奇をてらったレシピ本とは異なり、家庭で食べる、誰でも知っている「おかず」に集中特化した読み応えのある本です。トウモロコシご飯の造り方も惜しみなく公開中。彼がここにまで至るストーリーが描かれたエッセイも魅力的。