オマージュ(Hommage)/浅草

「あなたほどお誕生日祝いに困る人はいないわ。浅草よ、浅草」観光客でごった返す浅草寺境内を抜け、弾むように彼女は言う。「近所の良さげなお店の食べログを見ると、大体『タ』って載ってるわけ。仕方がないから検索範囲を広げていくと、浅草まで来ちゃった」
ちなみにこの日は十番のセブンイレブンで待ち合わせ、そこから移動。ミステリーツアーよろしく行き先を告げられずに連れられたのですが、ほう、浅草。この界隈で私がお邪魔したことのない、そしてお誕生日祝いに相応しいお店と言えば、あそこしかないじゃないか。一発で当ててみせようか?

「そういう大人げないことはやめてよ。でも、最初の一文字だけ言ってみて」怖いもの見たさで彼女は尋ねる。うーん、最初の一文字って、それはアルファベ?それとも発音のこと?数秒間の思考の後、みるみる顔が強張る彼女。
当たりました。オマージュ(Hommage)です。浅草寺裏手の住宅街にあるミシュラン2ツ星。少し前にシイタケ嫌いがお邪魔して絶賛してたので、行きたいリストに入れていたところです。
一軒家の2階がダイニング。シェフは浅草生まれの浅草育ち。地元の食材を提案し、浅草ならではのフランス料理を証明するため気炎を吐く。
今日は私のお誕生日祝いであるため、予約からワインのチョイスまですべて彼女におまかせ。ワインリストを抱えながらウーンウーンと唸る様が微笑ましい。乾杯の泡はブランドブラン。ブリオッシュの香りを保ちつつ実に酸味が豊か。
アミューズは5品出るとのこと。まずは生ハムを湛えた紅心大根。見目麗しくサッパリとした味わいは最初の第一歩として適任です。
ホタテにブロッコリーのソース、アオサ。アミューズとしては最高レベルに手が込んでいます。ホタテの良さが上手く引き出されており、そのまま大サイズにしてメインディッシュとして食べたいくらいだ。
右はカボチャのムース(?)をカカオ生地で包む。カボチャの甘味とカカオの苦味がベストマッチ。左はコンテを元にしたグジェール(シュー生地)なのですが、こちらは思っていたよりもチーズの風味が強くなかった。
ビーツのスープにベーコンのムース。これはめちゃんこ旨いですねえ。ベーコンの毒々しい歯ごたえなどはデブリされており、クリーミーな舌触りに旨味だけが響いていく。トッピングはビーツのスープで炊いた米。個人経営の小さなお店でここまでの手の込みようは美学を感じます。
すげえ。このクルって丸まっているの、薄切りのブリですよ。魚を薄造りにして丸めて自立させるという芸当をやってのけるフランス料理屋は世界でもここだけではなかろうか。大粒のキャビアも的確な用途であり、ディルのパウダー、チーズのソースと合わせて琴線に触れていく。本日一番のお皿でした。
ブドウはシュナンブラン。第一印象は平板だったのですが、魚介と合わせて口にするとグっと深みが増してくる。

「そうだこの前あたしの友達がタケマシュランのことディスってたよ。あたしは特に知り合いだって伝えないで、ずっとニヤニヤしといたわ」
甘鯛。ウロコ焼きされた食感がザクザクと心地よく、白子のソースも印象的。ただし甘鯛そのものの味わいについてはそれほど記憶に残りませんでした。
「なんか、こういうきちんとした料理を食べながら、リラックスしてくだらない話をするの、久しぶりだなあ。ワインとかグルメ関連で食べる時って、基本的に目の前のワインと料理の話ばっかりだもんね」それは随分と本末転倒ですね。気の置けない仲間との楽しい会話があってこその飲食店だ。
日本料理のように調理された茄子の中にはダイスカットされたアワビがたっぷり。周囲の液体はなんとブイヤベース。このような誂えの茄子にブイヤベースを合わせたのは、やはり当店が世界で最初ではなかろうか。ありそうでない組み合わせ。シェフの目の付け所が面白い。
ちなみに先の彼女の発言にあった「くだらない話」とは、ゆうべの飲み会において金を払おうとしない女の話で盛り上がり、参加者のうちのひとりがその女とエチエチな行為に性交したことがあり、その時の体験を「マグロで超イマイチだった」と暴露した、という話です。実にくだらない。
メインはラム。美味しいのですが、これまでの創意工夫に富んだ品々に比べると驚きは少なく感じました。それでもソース・サバイヨン(マヨネーズ系のソース)については流石の完成度。
まさにマルゴーともいうべき深みが感じられる1杯。大好きな味わいですが、先のラムに合わせるとすれば若干パンチが強すぎるかなあ。いずれにせよ、当店のペアリングは無理に冒険することなく、フランスワイン一辺倒なのが凄く良い。私は食事と酒であれば前者を取りたいので、チャレンジングなワイン選びは苦手なのです。
甘味に入るタイミングでお誕生日プレートが登場し、何とも面映ゆい。加えて特製プリンの風味が素晴らしく、そのまま食べてグッド、クリームとカラメルを絡めて食べるともっとグッド。
こちらは雷おこし風味の何か。分子レベルで再構築を果たしており興味深い一口でした。
フレッシュチーズのアイス。これぞ乳製品といった濃厚な味わいで私好み。トッピングは柚子の花(だっけ?)と、初めて食べる食材です。
メインのデザートはレモンのタルト。丁寧なレモンのクリームをパリっとしたカカオで包む。ただでさえ歯ざわりの良いメレンゲが細やかに詰め込まれており、ネックレスにして首からさげたいほど美しい。
フィナンシェが傑作。これ以上は無いというほどシンプルな菓子がここまで旨くなるなんて。焼きたてのアツアツで香りも良く、手土産で貰う個包装のフィナンシェとはまるで別物です。
コーヒーは美味しいのですがエスプレッソ級に上品な量であり、もうちょっとガブガブ飲みたかったかも。
お茶菓子、続く。正統的なカヌレに目を細め、しれっと出される小桜のかりんとうにニヤリとする。

たっぷり3時間かけてごちそうさまでした。噂に違わぬ、そして期待通りの食事でした。ベーシックな美味しさは押さえておきながら、シェフの哲学や美意識がしっかりと練りこまれた料理であり、唯一無二のコースです。甘味もたっぷり用意されているのが実にフランス料理的で良いですね。ランチでここまでの迫力を魅せるのだから、夜だとどうなってしまうことでしょう。加えてシェフがフォアグラやジビエをどう調理するのかも興味あり。次回お邪魔する際はリクエストしてみよう。


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