てんぷら前平/麻布十番

天ぷら店の最高峰として名高い「山の上ホテル」で料理長を務めた前平シェフが独立。「たきや」「よこ田」「畑中」と、業界トップクラスの店がひしめく麻布十番の地に出店。
揚げ油は太香胡麻油と太白胡麻油のブレンド。温度の違うふたつの鍋を駆使し、素材によって揚げ分けるのは「山の上ホテル」スタイル。ちなみに恐らく私は彼の天ぷらを2016年にミッドタウンで食べており、実に満足した記憶があったため、安心しての入店。
今夜頂くタネを事前にプレゼンテーションしてくれます。
素材それぞれの色合いがハッキリとしており見るからに美味しそう。
最初の1品目はイシガキガイ。それほど好きな食材ではないのですが、今夜に限ってはとても美味しく感じました。わさび醤油で食べるのではなく、ぬたで臭みを消すスタイルが私は好きなのかもしれません。
日本酒はいずれも1合1,000円強と、この手の飲食店としては割安です。この日は王祿→大地→まつもとと、軽やかなものを中心に飲み進めさせて頂きました。
まずはハゼ。透明感のあるクセのない白身であり、触感はフワフワもちもち。トップバッターとしての役割を十二分に果たしてくれました。
さて当店は天つゆ、大根おろし、塩が基本のセットなのですが、何を漬けて食べてもOKというフリーダムスタイル。私は原則的に塩のみで頂き、大根おろしを口直しに。
ハゼの中骨。カリっポリポリとした食感にグっと感じる旨味。日本酒のアテに最適。
ギンナン。ホクホクとした歯触りに、鼻に抜け行く黄金の香り。まさに秋。そんな味がしました。
海老の脚。先の中骨と同様、大人のための珍味です。
海老。火が通っているからか個体によるものなのか、酷く甘く感じました。つまり、旨いのである。
続いて海老をもう一本。やはり天ぷらとは、畢竟、海老である。
だだちゃ豆を潰して団子状にしたもの。青い風味が濃厚であり、少し潰した滑らかな触感も凄くいい。
キスはバビョーンと特大サイズ。手が攣りそうなほど重量感があり、何口もかけてパクパクと食べる多幸感。
松茸。コチラはとにかく香りが良いですねえ。柄の部分と傘の部分とで食感ならびに味わいのグラデーションがあり、マルっと1本しっかり食べたなという食後感もすごくいい。
スミイカとクチコとホヤ。左党の左党による左党のための天ぷらです。スミイカは清澄な味わいで程よく甘い。クチコで凝縮された旨味と塩気が添加され、ホヤの特別な磯の香りで包み込む。本日一番のアイデア賞です。
ハモは高温でガツっと揚げられ香ばしい。ありがちな生臭さは完全に消失しており、ホクホクと素直に美味しい。
ハモの骨から取った出汁。ハモの身は上品でおしとやかな風味なのに、骨の出汁はかなりのパンチ力で好戦的。生姜の風味が全体を上手に取りまとめ、食中に楽しむスープとしてちょうどいい。
伏見とうがらし。京都市伏見区付近で栽培されてきた甘唐辛子の一種で、京の伝統野菜のひとつです。青く清涼感のある味わいに、中央部のトロっとジューシーな舌触りが良いコントラスト。
軍艦だと2カンほどのウニを紫蘇で巻いて軽く揚げたもの。悔しいが、旨い。この味わいは語るほどにチープになるので多くは語るまい、
落花生を生のまま揚げたもの。おおー、これは面白い。そもそも落花生に串って刺さるんだ、との疑問から始まり、いわゆるツマミで食べるピーナッツの触感とは全く異なり、枝豆のようなしっとりと豆っぽい食感。大地を感じる若干の土臭さも納得感があり、印象に残った1本でした。
小柱と芽ネギを海苔で巻いて揚げたもの。こちらも見たことのない天ぷらです。芽ネギの香りがとにかく強く、熱が入って甘味もスケールアップしています。小柱の火の通り具合もちょうど良く、海苔の風味も抜群だ。
栗は渋皮ごと頂きます。中身は想像通りの食感なのですが、その渋皮部分がパリっとザクザクした噛み応え。ひとくちで2種類の歯ごたえを楽しむことができ、こちらも興味深いタネでした。
アナゴは特大サイズで食べ応え抜群。鮨で食べる場合と異なり、外側と内側の食感の対比を楽しめるのが良いですね。ザクっ、ホクホク、ジュンワリ。塩だけで食べても特有の生臭さなど微塵も感じられず心に残った1品でした。
食事に向かいます。お漬物のクオリティにも抜かりなし。
シジミの赤だしは若干味噌の風味が強すぎ、どぎつい味覚に食べ疲れてしまう場面がありました。
真鯛の天バラ。揚げたての鯛の天ぷらをおひつの中でザクザクと混ぜ込み、塩と山椒で調味します。仕上げにもうひとつ天ぷらを乗せ、山椒とタレをちょいちょいちょい。これがもう、面白いほど美味しくって、天ぷらという料理に対して未来を感じました。新山千春の肌のように白く透き通った鯛の味覚に蒼い青春を感じさせる山椒の香り。満腹感が近づいているのにここまで美味しく感じられるのは素晴らしい。
甘味はプラムのジェラート。これが滋味にうまく、これ1品だけでジェラート屋としてやっていけそうなレベルです。
開店一周年ということで、揚げ油として用いている胡麻油をプレゼントして頂けました。胡麻油は、我が家ではオリーブオイルに次いで使用する調味油であるため滋味地味に嬉しい。これを使用するたびに今夜の饗宴を思い出すことでしょう。

天ぷらの美味しさについては前述の通りですが、個人的には店主の客あしらいの上手さがすごく好き。客層については「某高級鮨店において港区ババァが大暴走した話。」ほどではありませんが、常連ぶって店主にタメ口をきく客(なぜか女ばかり)が多いのですが、その明らかなお世辞にに過度に反応せず、驕らず遜らず、事実のみを論理的に淡々と述べ、それでいて愛想は良い。この絶妙なバランス感覚は、カウンターで料理を行うプロフェッショナルのあるべき姿です。

作り手も食べ手も天ぷらに集中できる、そんなお店でした。


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天ぷらって本当に難しい調理ですよね。液体に具材を放り込んで水分を抜いていくという矛盾。料理の中で、最も技量が要求される料理だと思います。
てんぷら近藤の主人の技術を惜しみなく大公開。天ぷらは職人芸ではなくサイエンスだと唸ってしまうほど、理論的に記述された名著です。スペシャリテのさつまいもの天ぷらの揚げ方までしっかりと記述されています。季節ごとのタネも整理されており、家庭でも役立つでしょう。

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