肉匠堀越/広尾


「このあたりでお食事どうですか?」とお肉博士から連絡。「このあたり」とは、まさに私の誕生日あたりであり、これはもしや私のお誕生日祝いなのか?いやしかし祝ってもらって当然という態度は厚かましい。しかしどうにもニヤついてしまう表情は抑えようがありません。
お連れ頂いたのは広尾は日赤通りのビル2F。六本木の和食店「さかなや富ちゃん」の若旦那が、私的な肉好きが高じて焼肉屋をオープン。趣味と実益を兼ねた肉割烹です。なるほどエクステリアは和食店そのものですが、軒先に掲げられた「うんまい肉、食べさせます。」との決意表明が印象的。
今回は肉を愛し、肉にに愛された常連客のアレンジ。旬の「ある食材」のためにチューニングされた超ド級の特別コースです。ロースターのフタが「肉」の字にくり抜かれているのがジワる。
じゃーん。旬の「ある食材」とは、アルバ産白トリュフのことでしたぁ~。なんでも今年は豊作のようで、昨年(2017年)の半値以下で取引されているそうな。「それじゃあ、これをひとつ、もらおうかな」貴族かよ。
最初の第一歩は毛ガニの冷製スープ。何十時間も煮詰め凝縮に凝縮を重ねたエキス。カニよりもカニの味がします。号砲を店主の起源である魚介類から始めるとは何ともニクい演出です。
コンビーフ。缶詰のそれとはもはやまるで別の食べ物ですね。コンビーフとはコンビーフ味であることが殆どですが、こちらはまさに牛肉であり、きちんと牛肉をコン(corned、塩漬け)したものだと理解。コンビーフに真面目に向き合うという姿勢は極めてニッチであり、もしかすると世界で最も旨いコンビーフはここにあるのかもしれません。
アルバさん登場。今シーズンでは初めて。昨シーズンのラストは代々木公園「été(エテ)」であり、およそ11か月ぶりの邂逅です。プンと香る官能的な風味。この匂いはまさに筆舌に尽くしがたい。北海道産の、これまたセクシーな白子と共に一口でパクり。ある種性器のような犯し難い存在感を放ちます。
隠岐牛のロースをしゃぶしゃぶに。この料理にも気前よくアルバさんを削り出す。しかしいくら豊作で昨年の半値以下だといっても、昨年の3倍も4倍も摂取するのであれば、結局は高くつくではないか。そのような小学校低学年でも容易い算術式でさえ狂わせる魅力がアルバさんには存在します。
サガリとハラミの食べ比べ。サガリはハラミのうち背中側の部位であり脂身が少なくマッチョな味わい。カンボジア産のコショウをガリっとかじり、筋肉質な肉と共に咀嚼する。

ハラミはまさに腹側の身であり、サガリに比べると脂質が豊か。こちらは西京漬けにして芳醇な風味を引き立てます。同じ横隔膜なのに、まるで別の食べ物である。
大田牛のフィレ肉の飯蒸し。100グラムはゆうに超えそうな特大のフィレ肉にアルバさんが舞い降りる。今夜は抱かれても良いかもしれない。卵黄のコッテリとしたソースも肉とトリュフにベストマッチ。石川は「太平寿司」の蒸し寿司とはまた違った魅力のある逸品でした。
牛テール茶碗蒸し。これはどっちゃくそに熱くてヤケドしそうになりました。なるほど牛の出汁がロワイヤルのように響き、あたかもフランス料理のような一品。これにも途中からアルバさんが登場し、ひとひらの幸せを残していく。
あん肝の塩辛と牛タンの塩辛を交配させ、仕上げにアルバさんを振りかける。これはありそうでない料理ですね。牛タンのフレッシュな歯ごたえにヌラりとしたあん肝の舌ざわり。アルバさんの体臭はいつにもまして催淫的に感じました。地味にこの皿が本日最も印象に残った料理かもしれません。
お口直しにシャインマスカット。合わせて食べる一番出汁のジュレが秀逸。思いきり旨味が強く暴力的ですらある味覚なのですが、確かな食感のシャインマスカットに実に合う。先のあん肝牛タンに続いてありそうでない一品です。
はんぺんのように分厚くデカいタン。これはもう食べる前から見た目で美味しいですね。表面には鮨屋のイカのように細かな隠し包丁が入っており、ジューシーなヒダヒダが舌との設置面積を増やし粘り強い旨味が感じれました。
山形牛のモモならびにシンシン。肉の美味しさは当然として、味付けの醤油(?)が凄くいい。終盤に近づくに連れて腹は膨れてきたのですが、この香りの立った醤油のおかけで内臓が息を吹き返し、さあ食べるぞという気を持たせてくれます。こういう部分はただの焼肉ではなく紛れもなく料理です。
正式な料理名は不明ですが、肉とゴハンとアルバさんです。「これを作るための白トリュフでした」と店主が胸を張るだけあって酷い旨さでした。これは語るほどにチープになる。スクリューパイルドライバーのような脳天直撃の味わいです。この日に限って言えば、私は世界で最も白トリュフを食べた漢であろう。
肉とゴハンとアルバさんが法外に旨く、冒頭の私の誕生日祝い期待をすっかり忘れていたのですが、突如照明が暗くなり恭しく登場するバースデーケーキ。ちなみにこれ、30代半ばのオッサンふたりが個室でやってることですからね。
いやはや、反則過ぎる旨さの肉割烹でした。途中、我々がチンタラ写真を撮っていると「早く召し上がって下さい!」「スミマセンスミマセン今がベストなので!」と厳しい指導が入るのが印象的。ミート・ファースト。最上の味覚を提供することこそ至上命題であり、肉の味わいが劣化していくことこそ最大の悲劇と捉える姿勢。店主の肉愛主義は本物である。
しかしながらこれだけ白トリュフを出してしまうと、調理技術うんぬんの問題ではなくなるのではないか、と意地悪な質問を店主に投げかけると「あ、いいんですいいんです。今夜はいかに白トリュフを美味しく召し上がって頂くかに注力しているので、旨けりゃ何でもいんです」との回答。決して理想主義者ではなく今できることをやるだけというリアリストな姿勢は実に好感が持てます。

今回はアルバさんのカメオ出演のため第三四分位数を余裕で超える外れ値な支払金額でしたが(ごちそうさまでした)、通常のコースであれば1.5万円とのことで、これは実にリーズナブル。次回はプレーンなお肉に挑戦したいと思います。


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それほど焼肉は好きなジャンルではないのですが、行く機会は多いです。有名店で、良かった順に並べてみました。
そうそう、肉と言えばこの本に焼肉担当として私のコメントが載っています。私はコンテンポラリーフレンチやイノベーティブあたりが得意分野のつもりだったのですが、まあ、自分の評価よりも他人の評価が全てです。お時間のある方はご覧になってみて下さい。

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