SUGALABO/神谷町

スガラボ。アイアンシェフ(新料理の鉄人)フレンチの貴公子須賀洋介。ジョエル・ロブションの愛弟子であり東京・ラスベガス・ニューヨーク・台湾・パリで陣頭指揮を執った後に日本で独立と、全盛期の徳川のような煌びやかな経歴です(写真は公式ウェブサイトより)。
当店はあくまで「ラボ」であり、サン・セバスティアンの実験室付きレストランのような位置づけなのでしょう。スタッフ総出で日本各地の生産者を駆け巡り、実験室で試行錯誤する毎日であるため、営業日数が限られています。当然に予約は紹介制かつ争奪戦。友人である濱田岳似の実業家が運よく滑り込んでくれたので、彼を起点にグルメいつメンが集結しました。
入口はわかりづらいどころかお手上げです。店内での待ち合わせは難しいので、紹介者に連れて行ってもらったほうが良いでしょう。入店時には、まるで忍者にでもなったかのような錯覚を楽しむことができます。
テーブルセッティングは非常にシンプル。客単価40,000円を超える店としてはそっけないかもしれません。

料理は時価、ワインペアリングは12,000円と聞いていたので、お、そんなに酒は高くないのかと油断していると、シャンパーニュはペアリングに含まれておらず、そのシャンパーニュがものすごく高かったです。そもそも良い泡を揃えており、それぞれが強気の3倍超設定だったのでワインリストを手にした瞬間に冷や汗をかきました。
それでもやはり高い泡は旨い。ビオディナミのピノ・ムニエ。きめ細かい泡立ちが心地良く、複雑なフルーツな香りとボリューム感。酸のキレが良く抜群の辛口であり、見事な食前酒です。
アミューズ。生地は京都の有名な最中屋さんのものとのこと。
初っ端から伝家の宝刀、生のカラスミです。ううむ、これは酒飲みにはたまらん一口。出だしから男性陣の心を鷲づかみです。これを箱詰めしてバレンタインに貰いたい。
アツアツのうずまき状のパイ生地には新タマネギのペーストがみっちり。大地の甘味。この時点で満足ですこのお店は本物です。
ふきのとうは苦味が強く大人の味。素材のパワーが丸見えであり、先のクリストフ・ミニョンにぴったり。ワインで流し込むと、皆、思った通りだという顔をする。
イタリアで修行した職人が手がける国産の生ハム。1~2枚はそのままでシャンパーニュと共に、お楽しみはゴハンと一緒に食します。いいなあこういう自由な発想。やはり日本人と米は切っても切れないですね。
鳥取の松葉蟹に噴火湾のウニ。カニとウニの味はまあ想像がつくのですが、ジュレが感動的に美味しかったです。刺すような思い切りの良い酸味が海の豊かさを引きたてる。食材と調理が完璧なバランスをみせる見事な一皿でした。
あわせるワインもピッタシカンカン。鋭い酸味と若干の苦味に二重丸。
噴火湾の蝦夷鮑。肝のソースに悶絶。このソースに突き落とされて溺死しても諦めがつくほどの味わい。味覚の切り込み隊長は広島産の皮ごとレモン。苦味が肝の旨味を際立たせ、これまたパーフェクトな取り合わせでした。
サヴニエールで最も注目を集めている造り手。独特のミネラル感に溢れ、完熟した果実を想起させるふくよかさ。酸も綺麗であり、先の肝ソースと抜群の調和をみせてくれました。
さりげなく置かたパンも限りなく美味しい。噛み締めるたびに小麦の旨味滲み出る。
秋田の比内地鶏にフォアグラのつくね、雪国舞茸やセリを含んだきりたんぽ鍋。具材ひとつひとつはハイレベルなのですが、スープはもう少しアタックが強くてもよかったかもしれません。バカリズム似のフォアグラ通もやや首を傾げていました。
私は洋食時に日本酒を飲むことを好まないのですが、それでもやはり先の鍋には日本酒。納得感のあるワインポイントリリーフです。
北海道のアンコウに原木しいたけ、菊芋チップスにちりめんキャベツ。いちいち素材の味が濃く存在感が立っています。そしてそれらを指揮者のように取りまとめるソースソースソース!変わった料理や食材に稀少感を組み込むのはよくある手口なのですが、当店は何よりもフレンチの本分であるソースを重視しているように感じました。
コクのある料理には樽の強いムルソー。バターを中心とした乳製品の香りが響き、マリアージュの極みです。
バシバシとトリュフを削りまくる。たきやにおける「え、そんなにトリュフ削って大丈夫?」的な空気感に満たされます。
秋田の黒毛和牛のサガリ。あまりの美味しさに一同押し黙ってしまいます。メインでここまで美味しいのは珍しい。京筍の繊細な味わいとコッテリとしたグラタンの深み。トリュフの香り。卵の優しさ。濃密なソース。

メインが美味しいお店って意外と少ないんですよね。徐々に満腹になっていくため客側はテンションを保てなくなり、結局出てくるのはどの店も代わり映えしない肉。そうであるのが普通なのに、当店はこの期に及んでまで客を唸らせてくれるのです。
ワインは奇をてらわずに藤川球児のような直球勝負。要するにこういうことがボルドーだ、と言わんばかりの味わいです。

料理はさることながら、ワイン選びもすごいなあ。ソムリエがきちんと料理を理解してる。チームで取り組んでいるからこその完成度。
ここでカレーを出すのはリアルチートでしかありません。ズル過ぎる美味しさ。ソースの味は想定の範囲内だったのですが、ライスがとんでもなく旨かったです。和の料理人は一度当店に勉強に来るように。
最初のデザートは愛媛の様々な柑橘にバジルのアイス。柑橘は紅まどんな・デコポン・ブラッドオレンジ・エトセトラエトセトラ。四国の酸味が百花繚乱。
ここまでイチゴを前面に出したデザートは珍しい。切って出すだけで成立するほどの品質のイチゴに、さらに手間隙をかけています。ルバーブの食感も楽しく作りたてのバニラのアイスの味も濃い。
フランチャコルタで〆。味の調和もさることながら、見た目のハーモニーにも納得する。記憶に残った1杯でした。
トイレが面白い。取調室のようなマジックミラー仕立てであり、トイレから店内を覗き込むことができるのです。
焼きたてのマドレーヌはひとり一列(5個)と大盤振る舞い。品の良い甘さをパクパクと楽しんで一気食いしてしまったのですが、「アンタよくそんな食べれんな」と皆に引かれました。そう、当店は一皿一皿のポーションがしっかりしており、全体を通してかなり量の多いコースなのです。
面白いプレゼンテーションで出てきたのはプリンちゃん。
やはりこれもプリンそのものが旨いのは当たり前であり、引きたて役のカラメルの完成度が見事です。香りが良く胃袋を押し広げ、なんだかんだで全員完食。私の対面で満足気に頷く土屋太鳳似の人妻。彼女とは当店や天本など、最高級かつ予約困難店でしか会わないという贅沢な関係です。
ハーブティで内臓を休ませる。そうだよなあ、ここまでたっぷりに濃いコースの〆はコーヒーじゃないよなあ。圧倒的にコーヒー派の私でさえも合点がいく締めくくりでした。腹が減らない幸せを噛み締めながらごちそうさまでした。
ロゴと共に皆で記念撮影。シェフも気さくに挨拶にきて下さりました。なんでもご実家は名古屋でフランス料理店を営んでいるようです。最近名古屋に行く機会が多い私にとっては僥倖。一度お邪魔してみたいと思います。
お土産のフィナンシェ。ベースとなる生地の美味しさが完璧。弾力のある小豆の使い方が見事でした。

噂に違わず素晴らしいお店でした。皿の上だけで評価すると一番好きな料理かもしれません。素材が強くベースとなる調理技術が確かであり、遊びがあって、バランスも取れている。挿し色というか、アクセントの妙技も印象的。それが全体を引き立たせ料理を記憶に留めさせるのです。火遊びはするけれども全てをまとめ上げる能力。どの皿も本当に美味しかった。

一方で、一緒に行く人を選ぶお店だと思います。非常にカジュアルなお店であり荘厳さに欠け、人によっては全くアガらない空間かもしれません。ジーンズでもOK。サービスも属人的でアドリブが強く、日体大の集団行動のような一糸乱れぬおもてなしを窺うことはできませんでした。

したがって、異性を口説く類のお店では決してありません。記念日使いも違う。今回のように、食道楽の仲間と訪れるのがベストでしょう。これは決して当店を否定しているわけではなく、業態が違うと述べているだけです。ネット上のあげあし取りたちはいちいち炎上させないように。

最近は奇をてらっただけで全然美味しくないお店が赤字国債のように乱発され続けているので外食業界の将来を憂いていたのですが、当店のように現実を直視した理想主義であるお店もきちんと評価されていることに溜飲が下がる思いです。

こういう店が料理界を挑発すると、世界のレストランのクオリティが上がる。意外性のみを追求するのはもうやめて、当店のようにまずは「美味しい」という料理の核心に肉薄する料理人が増えることを期待します。


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