御幸町 田がわ/京都市役所前


2017年2月7日オープンの新しいお店。店主は25歳まで会社員であり、それから和食の道を歩み始めたという異色の経歴。横浜の真砂茶寮を皮切りに数々の有名店で修行し、仕上げに麻布十番の幸村を卒業したという実力派。
御幸町にしっくりとくる店構え。店内には坪庭などがあり、ああ、今、私は京都で和食を食べている!と実感させてくれます。
冷酒から入ります。清潔で美しく健やかな風味であり、和食における切り出し方として的確な1杯。
まずは伊勢海老。エビの美味しさは当然として、エビの出汁と酢を合わせたソースが一口目の味覚に相応しく、お隣の茄子も深みのある香りを放っており主役に負けない美味しさです。
刺身は剣先イカに甘鯛、マグロ。また甘鯛w。ここのところ毎日必ず甘鯛を口にしている。それであっても旨い甘鯛は旨いのであって、今シーズンはあと何回食べることができるのか楽しみになりました。マグロは複雑性は乏しいものの健康的な瑞々しさを湛えており、これはこれですごく良い。
舞茸をハモで包み、道明寺粉(もち米を干して粗めにひいた食品)を塗して揚げ、仕上げに油を抜くために炙ったもの。ここのところ繰り返し書いていますが、私はハモという食材にそれほど興味は無い。しかしながら当店のこの調理であれば話は別。野趣溢れるキノコをハモの身が優しく包み込み、道明寺粉のバリリとした食感で〆る。出汁についても気品溢れるカツオの風味がプンプンに漂っており絶品。本日一番のお皿でした。
見目麗しい八寸に自然と笑みがこぼれます。特に心に残ったのは琵琶湖の子持ち鮎の山椒煮。鮎の複雑な味覚に香り高い山椒のスパイス感が突き刺さる。
こちらは三重のレア酒。県外に出ることは殆どなく、当店も1本だけ手に入れることができたとのこと。しかも残りは僅かということで、ゲスト全員が我先にと注文し、あっという間に売り切れました。
焼き物はエボダイ。魅力的でジューシーな脂が津波のように押し寄せます。焼魚の下にはエボダイの骨を揚げた唐揚げも。1皿で2種の食感を楽しむことができるという嬉しい工夫です。
ホタテに大根おろし。大好きな食材なので文句なしに美味しいですが、その他の料理に比べると影は薄くそれほど印象に残らず。
クエのしゃぶしゃぶ。まず、スープが旨い。カツオに昆布に小柱、干しエビで取った出汁は芳醇な海の豊かさが伸びており、また、アクセントの山椒のスパイスも堪らない。これだけで立派なご馳走です。数日熟成したクエも非の打ち所がない美味しさであり、「もう少し召し上がりますか?」との申し出に秒でおかわりしてしまいました。
再び清澄なお酒に戻ります。普段はバカみたいにガブガブと酒を飲むことが多いですが、こうしてカウンターでゆったりと味わう酒もまた格別。
メインは仙台牛に松茸と、オーシャンズ11のようなキャスティングです。肉汁ベースの割り下的スープ、付け合わせのゴボウも含め、控えめに評価して傑作。
ゴハンは大そう立派な産地の新米を。米そのものの旨さはもちろんのこと、水加減炊き加減もパーフェクト。
さらに色の濃い温泉玉子を優しく崩し、先の牛肉をトロリと絡め、飯とともにかっ喰らう。この瞬間に私が頭部を打ちぬかれていたとしても、アメリカン・ビューティーのラストのように豊かな死に顔であったであろう。
「肉にはこっちも合うんですよ」と、菊(?)の炊き込みご飯(?)。なるほど確かに合うかもしれませんが、私の手元に肉は無い。「お肉、あと数切れお出しできますが、召し上がりますか?」私のイーハトーブは京都にあった。
デザートは栗の渋皮煮に栗のアイス、栗のジュレと徹底的に栗づくし。フランス料理における専門職が奏でるデセールに比べると多少は見劣りしますが、これまでの経緯を考えれば文句など言ってはいけません。
食べ切れなかったご飯はおにぎりにして頂きました。明日の朝まで続く幸せ。

お会計は驚きの17,500円。こんなにリーズナブルな和食があるか?ここのところ、かどわき虎白など、超高級和食が続いていたため、この費用対効果は目を瞠るものがあります。もちろん割安なだけでなく、料理だけを切り取っても東京の3ツ星級の味わい。

「日本料理は総合芸術なんですよね。料理だけを作るのであればすぐに一人前になれるかもしれませんが、全体としての世界観を提供できるようになるには、やはり10年単位での修行が必要なんですよ。昔は庭の手入れや苔の貼り替え、配達、お使い、各種雑用なんでも押し付けられて文句タラタラでしたけど、独立した今、それらの下積みが全て活きています。無駄なことは何一つ無かった」と含蓄深い。店主は日本料理界の重鎮たちにも可愛がられているようで、この店が天下を取る日も近いかもしれません。

予約が取れない店になること必至。ご予約はお早めに。


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