すし初/湯島


お邪魔するのは実に5ヶ月ぶり。本当は季節ごとにお邪魔したい!本当は季節ごとにお邪魔したい!
食前酒は生ビール。和食の良い所のひとつとして、酒が安いことが挙げられます。フレンチで同レベルの食事をするとなると、1杯目が2,000円ですからね。もちろんワインの価値は理解はしているものの、ビールの費用対効果は圧倒的。
ニンジンとゴボウのすり流し。色や味わいからはニンジンとは思えない味わい。世の中の子供は当店のすり流しからニンジンに入れば良い。ファミレスのハンバーグの付け合せから入るからニンジン嫌いが増えるんだ。
ホタルイカと菜の花。スプリングハズカム。ホタルイカの苦味と菜の花の苦味、ひいてはビールの苦味とのハーモニー。
「今日は良いのが入ったので、後から生でもお出ししますよ」と生のホタルイカを御開帳。ホタルイカを生で食べるのって初めてかもしれません。イカは取り扱いが難しく、生だと足が速いんですって。
さて本日はビールを1杯だけに留め、早速日本酒に取り組むこととします。
新政は立春朝搾り。出口〆切を逆算して仕込を開始するという神業的な日本酒です。アルコール度数が低く乳製品のニュアンスがあるなど、白ワイン的な味わいで面白い。外人好きそう。
さっぱりめのお刺身は左からホタルイカ、甘エビ、ホッキ貝、イカ、軽く炙ったホタテ。なるほどホタルイカは想像していたよりも非常にクリアな味わい。新政の旨味と釣り合いがとれて殊の外美味。甘エビはその名の通りの甘さであり、単刀直入なネーミングに良い意味で苦笑い。ホッキ貝は独特のクセがあるもののそれを特長と捉えられるか否かが食べ手の度量です。イカも新鮮でピュア。純真無垢な味わいは醤油に漬けるのを躊躇うほど。ホタテもゆうべと同様にウチとソトで味覚が変容し、ああ、やっぱり私はホタテが好きだ。
才巻と謙遜されていましたが、これは立派な車エビ。肉厚なエビの身がじっとりと舌全体に着圧し享楽的な味わい。黄味酢のセクシーな香りと旨味が優しくエビを包み込む。
上品な味わい。今日は少量をづつをジャンジャカ出してもらうと決めていたので、次々に参ります。
メガトン級のシイタケにとろろを垂らし、卵黄。え?とろろ、どこかって?
食べかけで大変恐縮ですが、こんな感じ。野趣あふれるとろろであり、飛び抜けた粘り気は嚥下活動を阻害し永遠に貼り付いてしまうんじゃないかと思えるほど。濃密な卵黄と薫り高いシイタケが融合し、
酒がどこまでも伸びていってしまいます。
お刺身第二弾は旨味が強い系で。左からシメサバの炙り、ヒラメ、中トロのスジ抜き、ブリ。シメサバは炙られた皮目の香ばしさが堪らない。中トロのスジ抜きは皇族級の上品さで舌の上でジュワリと溶けます。ブリは人間に見立てると元気いっぱいの肥満児。快楽を追求した脂であり、本日の魚で一番好きだったかもしれません。
ヒラメは肝醤油をジャブジャブに漬けて食す。痛風患者であればハンカチを噛んで悔しがるに違いない。肝醤油があまりに素晴らしくって、最後は飲んでしまいました。
小布施の日本酒。一升瓶ではなくマグナムボトル(笑)。おそらく1,800mlを瓶詰めする設備がないのでしょう。
皿に余白が見つかると、「ほい、追加」と マグロのスジありバージョンも置いてくれる。刺身がわんこそば状態。お父さんお母さん僕の夢は叶いました。
日本酒もわんこそば状態。そう、幸せの青い鳥は湯島にいたのです。
越後村上の鮭。村上は古くから鮭料理で有名ですが、その中の鮭の酒びたしを当店流に改変した料理がコチラ。脂が程よくそぎ落とされ、その一方で旨味と塩気が凝縮。鮭ではなく客を酒浸りにさせる危うい一皿です。
当店は寿司屋。煮こごりにも容赦なく魚が埋蔵されており、悪玉コレステロールがみるみるうちに血中から排出されていく(被験者の体験に基づいた個人的な感想です)。
「これは熱燗がオススメなんですけど、、、」と申し訳無さそうな目線で私の表情を伺う店主。そう、私は熱燗が苦手なのです。が、モノは試し、望むところだ。あ、やっぱり好きじゃない。先輩に残りを全部託してゴメンナサイ。実に頼もしい飲み仲間である。
鷹勇に代わりまして、代打而今。景浦安武のように期待感の持てる代打である。やっぱり何度飲んでも堪らない。芳醇な液体が味蕾を優しく包んでいきます。
サワラの西京漬け。この1皿は本当に美味しかった。サワラの個体に準じた見事な味噌。酒の香りが鼻腔をくすぐり、この世をば我が世とぞ思ふ望月の欠けたることもなしと思へば。

唐突に「お前とこの店に来るたびに自己嫌悪に陥る」と先輩。どういうことですか?と尋ねると、私の食べ方、特に魚の取り扱いにブッチギリのエレガンスを感じているらしいです。

「一般人は食べ物を目前にすると食欲に任せてしまうものだけれど、食べ方がキレイな人は、食欲とは違う脳の部分を併用しながら別の視点で食事に臨んでいるから、結果的にキレイに食べることができるらしいよ。つまり、天才が多い。脳の容積は同じだとしても余すことなくフル活用しているという意味において」なるほど、薄々そうじゃないかとは勘付いていたのですが、やはり私は天才だったのですね。

犯罪者にもこのタイプが多い。刑務所の食事風景って、すごくマナーがいいらしいよ」。

天才か凡才かはさておき、クチャ食いや犬食いをする人に、なぜそうするのか一度インタビューしてみたいなあ。「食べ方が汚いのはマナー違反」なんてことは頭では理解しているはずなのにそうなってしまうのは、やはり食欲が制御不能という意味なのでしょうか。
「運よくメヌケが良い値段で入りましたので」と丸々1匹。贅沢の極み。ルイ14世ですらこの悦楽は未経験であろう。磯山さやかを魚にして煮込んだらこうなりそう。魚そのものを活かしたシンプルな味付けに基づき、深海魚特有のむっちり感を楽しみます。
皿の味の濃さに比例して日本酒の消費も加速します。
味わいの方向性をガラっと変えて、第2ラウンド。牡蠣酢です。大ぶりの牡蠣が4つも。酢の作用か特有の磯臭さは吹き飛び、牡蠣の旨味の良い部分だけを飲み込みます。
1%しか磨かないという変態日本酒。これはブラインドだとシェリーと答えちゃうなあ。しかも謎に牡蠣酢にベストマッチなんですよね。このマリアージュを発見した店主に表彰状。
さてお待ちかね。にぎりに突入です。トリガイはしっかりとした噛み応えがあるものの、プツンと切れる適度な食感。
にぎりに入ったからと言って、アルコールの手は緩めない主義です。
私の好みを見越してか、ホタテを連投。貝特有の強烈な旨味とかはなく洗練された甘味と舌触りが優勢。ホタテって貝の中では変わったポジションですよね。
コハダは魚そのものよりも仕事を含んだ料理として向き合う。適度な酸を感じ、食欲がぶり返します。
シャリのデンプン質が口の中で糖化し、刺身で食べた時よりもエビの甘さが広がります。シャリの甘さとエビの甘さで甘さが倍になるという意味ではなく、甘さのパターンが広がり複雑性が増すのです。
ヅケにおいてはアミノ酸が強化され、
前へ前へと酒欲が花開く。先輩が「俺あと1カンにしとく。お酒はまだまだおかわりね」と、脱落したのか鉄人なのかわからない台詞と共にグラスをがぶり。
脂の乗ったシャケをしなやかに炙り、間髪いれずに口に放り込む。ああおいし。
先輩の分も引き受けてああおいし。何個食べても飽きない。熊の気持ちが少しだけわかりました。
こちらは強烈な旨味を湛えたホタルイカ。ゆうべのアンチョビソースもそうですが、丙申は私にとって忘れられないホタルイカの当たり年となるであろう。
スジ抜き。ソフトに握られたシャリと共にマグロの品の良い脂身がホロホロと溶けてゆく。フィナーレを覚悟させる味わい。ついつい余韻にすがりついてしまう。
アナゴ先輩による閉会宣言。今夜もたくさん食べました。と、その時、先輩が「この皿は何だっ!!」と立ち上がる。
典型的な九谷焼の豆皿かと思いきや、ガンダム。。。器の取り扱いが多彩。さすがは湯島イチの老舗。1921年創業の余裕である。
タマゴで今宵の宴に署名し、ごちそうさまでした。
デザート日本酒?澱がらみの生酒でフルーティーで甘い。
新鮮なイチゴで気持ちを落ち着けたのもつかの間、「お前と飲むとやっぱ楽しいな。もう少し付き合えよ」と、先輩。ごちそうになります、と静かに頷き時計を外す。


湯島天神下 すし初
夜総合点★★★★ 4.0
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