白(つくも)/奈良駅

志賀直哉は随筆「奈良」において「食ひものはうまい物のない所だ」と言い放ちましたが、当店はミシュラン2ツ星。JR奈良駅より徒歩5分ほどの住宅街にひっそりと佇む和食店。「白」と書いて「つくも」と読みます。「百」から一を取って「九十九(つくも)」です。九十九ラーメンの「つくも」ね。
佐々木琴子似のマダムの接客に癒やされながら席に着く。西原理人シェフは「嵐山吉兆」で研鑽を重ねた後、ニューヨークの「嘉日」ならびにロンドンの「UMU」で料理長を務めた後に帰国。奈良の地で独立し、あっという間に人気店の仲間入り。
雲子(白子)を炙ってキックオフ。トロンとした官能的な味覚に春菊の大人の苦味がたまりません。左上は立派なお茶の葉だそうで、それを調味料として用いるのは面白い試み。
飲み物は最初から日本酒。奈良の地酒がわかりやすくラインナップされており、順番に楽しむことができました。いずれも1合1,000円程度と良心的。「風の森」の純米大吟醸がお気に入り。
白菜のスープは白味噌や酒粕で調味されており、コッテリと濃厚な味わい。香り付けに白トリュフを用いるという思い切りの良い店主。色とりどりの野菜の下には野性味あふれる大和豚が鎮座していました。
先日閉幕した第70回正倉院展にインスパイアされ、その宝物を模したお造り。シマアジ・真珠貝・イクラです。ねっとりとした舌触りのシマアジがいいですね。しかしながら味はさておき、シェフは盛り付けに凝りすぎるきらいがあり、この料理にありつくまで相当の時間を要しました。食べるリズムも味覚のうちと捉える私にとっては若干のストレスです。
特大の海老を天ぷらで。ただ大きいだけでなく、身質の凝縮感というか密度というか、噛みしめるたびにギュッとした食感と風味を楽しむことができる最高の海老でした。生麩を揚げた付け合せも食べごたえがありバッチグー。
長野県は小諸産の蕎麦を用いたお蕎麦。まずはシンプルに塩でいただき、その後めんつゆを追っかけで被せていきます。間違いなく美味しいのですが、なぜこのタイミングで蕎麦を出すのかは疑問。いち太のように〆に出して欲しかったな。
焼き物は大和鴨。醤油板(醤油の出涸らし的な副産物。もちろん食べることができる)を用いて香りを移し、加えてもろみ醤油でフィニッシュする。猛々しい鴨の肉質と旨味。程よい甘味を湛えた脂身。西洋料理などを含め、ここ数日で最も旨い鴨肉でした。
肉の下にはつくね的ミンチ肉が。天然の卵黄ソースと共に一口で頬張り、モグモグと咀嚼するたびに旨味と幸福が溢れ出てきます。本日一番のお皿でした。
食事に入る前にサラダ。サラダといっても菊芋のピュレや旬のズワイガニが敷き詰められていたりと、早い話が酒のツマミである。それにしても盛り付けに時間がかかりすぎである。丁寧なのは良いことですが、駆け抜ける歓びを乱してまで凝る必要は果たしてあるのかどうか。
食事が到着。ライスは奈良県産のヒノヒカリ。ゴハンのお供としてキンキの煮付けが出るのが最高に嬉しいです。というか、煮付けをツマミに酒を飲み、ゴハンはお漬物と赤出汁で頂きました。
ゴハンをおかわりすると、オマケがついてきます。何でも牛肉と松茸を山椒と味噌で炊いたものであり、味濃いめ原理主義の私にとっては最高のオカズです。
さらにゴハンをおかわりすると、今度は海苔を敷き詰めた後にシラスを散らしてくれました。このシラスが丸々と太って実に美味。
甘味は大台ケ原(紅葉の名所)をイメージしたきんとん。サツマイモをビーツやカカオなど天然の着色料で自由自在に色付けし、目の前で裏ごししていく様は最高のパフォーマンス。
料理は1.2万円とリーズナブル。酒も安く、これだけを銀座で飲み食いすれば3万円近く取られるのではなかろうか。

ただし先にも述べましたが、課題はスピード感ですね。東京の2回転が当たり前という芸風に慣れた身としては、手持ち無沙汰に感じた局面が多々ありました。そもそも十数席にも及ぶゲストを同時に相手にするのは無理があるのではなかろうか。6席にして2回転にしたほうが、作り手も食べ手もストレスが少なく済むような気がします。が、これはあまりに東京的な発想かもしれません。

いずれにせよ、料理は美味しくカリテプリに優れており、接客も良ければ客層も良い。奈良に訪れる機会があれば是非どうぞ。オススメです。


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