湯島天神下 すし初(すしはつ)/湯島

7か月ぶりの「湯島天神下 すし初(すしはつ)」。ここのところ予約の間隔は新年から忘年会を計画するレベルに達しており、「焼肉幸泉(こうせん)」と並んで東京の下町における隠れ超予約困難店のひとつと言えるでしょう。
今夜の主要選手。連れは「全て半分づつで」という弱気な姿勢だったので、その差分は全て私が引き受ける運びとなり、翌日は順調に二日酔いでした。
トップバッターは千葉県産の落花生「おおまさり」。通常の倍ほどもある巨大な殻が、出汁を含んでしっとりと濡れた状態で供されます。艶やかな大粒の実はねっとりとしてホクホクとしており、栗や芋のような濃厚な食感。これからの食事への期待感を高めてくれる滋味深いひと品です。
様々なタネを贅沢に日本酒にくぐらせてシャブシャブする「酒ぶり」。素材の生臭さは消え去り、代わりに日本酒の芳醇な香りを纏います。熱を加えることで、スミイカの脚やミズダコはプリッとした弾力が増し、噛むほどに甘みが滲み出します。赤海老はレアな食感を残しつつも甘みが凝縮され、とろりとした舌触りに。タイは熟成による旨味に加え酒の熱で脂が活性化し、口の中でほどけるような味わい。白子は表面がキュッと締まることで、中のクリーミーさが際立ち、まるで濃厚なソースのようです。
脂の乗った寒ブリの表面をサッと炙り、スライスしたカブを合わせました。熱を持ったブリは香ばしさと共に皮下の脂を溶け出しており、パンチのある味わい。そこへカブの清涼感とシャキシャキとした小気味よい食感が追いかけて来、口内で混ざり合うことで、不思議と角が取れ、まろやかで優しい甘みに変化します。
とろとろになるまで火を通したナスに、甘辛い田楽味噌を塗りました。主役のナスは箸で持ち上げられないほど柔らかく、味噌のコクと一体化して口の中でクリームのように溶けていきます。そこにアクセントを加えるのが、たまり醤油漬けの粒マスタード。 プチプチとはじける食感と共に、たまり醤油の深みとマスタードの酸味が広がり、田楽味噌の甘みを引き締めつつ、洋のニュアンスをプラスします。
名物の白和え。フレッシュチーズ「ブッラータ」を豆腐に見立て、鮨屋ならではの具材と和えた意欲作。チーズの乳脂肪分の甘みに対し、赤酢のシャリの鋭い酸味と塩気が絶妙なコントラストを生み出します。具材のカニは海の旨味を、柿は上品な甘みと彩りを添え、全ての食材がブッラータの包容力によって「白和え」として成立しています。
マスノスケの豊富な脂をほうじ茶の燻製香で上品に仕上げた焼物。お茶の香ばしい香りがふわりと立ち上り、嗅覚から食欲を刺激します。皮目はパリッと香ばしく、口に運べばマスノスケ特有の力強い脂の甘みが溢れ出しますが、決してくどくありません。ほうじ茶の風味や燻製のスモーキーな風味が脂を綺麗に切ってくれるため、後味は驚くほど軽やかです。
通常はサワラや銀鱈などの白身魚で作られる西京焼きを、あえて個性の強い青魚のイワシで仕立てたひと品。特有のクセが味噌の甘い香りと融合し、食欲をそそる芳香へと変化しています。焼き上げられることで、イワシの皮下の脂と味噌が混ざり合い、表面はキャラメリゼされたように香ばしく、中はふっくらとジューシー。鉄分を含んだ力強い旨味が西京味噌の上品な甘みによってまろやかに中和され深みのある味わいに。白ご飯が欲しくなる。
鮨につき、いくつかは江戸時代のにぎりをイメージして仕上げて頂きました。現代の繊細な一口サイズの握りとは対照的な、一貫で食事になるサイズを再現しており、口を大きく開けて頬張るというプリミティブな食べる歓びを刺激してくれます。「鮨を食った!」という実感を全身で感じられる迫力満点のにぎりでした(下の写真は通常サイズとの対比)。
鮨屋としては唯一無二のポジショニングであり、ある意味ではディナーショーのように楽しい時間を過ごすことができました。ちなみに当店において私史上マックスに飲んだ夜かもしれず、翌朝は早くから新幹線に乗る必要があり、予定通り地獄の苦しみを味わいました。

しかし不思議なもので、半日も経てばあれほどの苦しみも後悔も幻だったかのように消え失せます。学習しないのではなく忘却こそが我々に与えられた救済なのかもしれません。

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鮨は大好きなのですが、そんなに詳しくないです。居合い抜きのような真剣勝負のお店よりも、気楽でダラダラだべりながら酒を飲むようなお店を好みます。
すしのにぎりについての技術を網羅した決定版的な書籍。恐らくはプロ向けの参考本であり資料性の高い便覧でしょうが、素人が読んでこそ面白い傑作。写真がとても美しく、眺めているだけでお腹が空いてきます。