すし初(すしはつ)/湯島

初夏のすし初。都内屈指の予約困難店ですが、無事に緩やかな紹介制へと移行したようで、一般的にイメージされる「予約困難店」とは一線を画す治安の良さがあります。
当店は日本酒と鮨を論理的かつ科学的に結びつけるペアリングの最前線。この日のラインナップはこの通り。普通の量でひとりあたり4合近くと飲みベが高い。
まずは赤エビとアボカド、デコポン。エビのとろける甘みとアボカドのクリーミーなコクが、酢味噌の穏やかな酸味と甘みの中で溶け合います。デコポンが加わることで、柑橘特有のみずみずしい甘酸っぱさが全体に明るい彩りを添え、単調になりがちな和え物に立体的な奥行きをもたらしています。
アオヤギにツブ貝。いずれも春を代表する味覚であり、噛むほどに磯の香りと凝縮した甘みが広がります。添え物として供されるワカメがいいですね。肉厚で歯を押し返すほどのしっかりとした食感を持ち、磯の風味が濃厚で、これだけでツマミひと品として成立するほどのクオリティです。
トリガイ、タイ、イサキ。中でもタイがいいですね。津本式で処理した上で1週間かけてじっくりと熟成させており、鮮度重視で食べるタイとは対極にある、旨味が豊かに育った深みのある造りです。
豪快に切り出された分厚いカツオのたたき。まるで上質なビーフステーキを思わせる存在感で皿の上に鎮座します。合わせるのは玉ねぎ醤油。シャクシャクとした歯、ならびに独特の香気がカツオの力強い風味と見事に共鳴します。ほんとお肉食べてるみたい。
看板料理の白和え。豆腐ではなくブッラータを用いており、リッチなコクがジューシーなメロンに良く合います。デザートと料理の中間に位置するような幻想的な世界です。
鮎の焼きびたし。焼きの香ばしさと出汁の旨みが重なった料理であり、お出汁には梅酢を用いているため後味が爽やかに引き締まっています。さらに山椒の風味も感じられ、初夏ならではの清涼感のある仕上がりです。
メカジキの柚庵焼き。おなかの部分で脂たっぷり。ちなみに柚庵とはスコットランドのオビワン俳優ではなく「幽庵焼き」とも表記される調理法のこと。醤油・みりん・酒を合わせた漬けダレで仕上げる焼き物で、甘辛い旨みが身の内側まで浸透し、大ライス欲しくなる勢いです。
にぎりに入ります。まずは久米島の特大クルマエビ。身は引き締まりながらも弾力があり、噛むごとに甘みが増していきます。シャリは赤酢を用いた深みのあるスタイルであり、リニューアルした「江戸東京博物館」に行ってきたばかりの私は江戸時代のサイズ感でにぎってもらいました。むしゃむしゃ。
釣りのアジ。ストレスによる身の劣化が無いからか、筋肉の張りと口当たりの透明感が段違い。こちらも江戸時代のサイズ感でにぎってもらい食べ応えは抜群でありつつ、シャリの酸味が後味をすっきりとまとめます。
赤身の漬け。適度に脱水され凝縮感が増してねっとりとした舌触り。マグロ本来の鉄分を感じつつ、甘味や旨味も感じられ、シンプルにして奥深い味わいです。
青森のマス。きめ細かな身と上品な脂が特長的で、その身を炙ることで表面の脂が溶けて甘い香りが立ち上り、皮目や縁に香ばしいニュアンスが生まれマス。火の通り具合のグラデーションがマスマス美味しく、まさにマスターピースと呼ぶに相応しい作品だと思いマス。
中トロ。やはり炙ることで表面の脂がじわりと融け出し、芳醇な甘い香りが立ち上ります。焦げ目のついた縁はほんのりと香ばしく、その直下には温められてとろける脂と、中心部の生の冷たさが共存。この温度の勾配こそが炙りの醍醐味と言えるでしょう。
〆の手巻き。パリッと焼き上げた海苔の中に鰻と奈良漬け、マスカルポーネが共に巻き込まれます。うなぎの甘辛い蒲焼きダレの濃厚な旨みと、奈良漬けの酒粕由来の芳醇な香りと塩気が互いを引き立て合う。そこにマスカルポーネのミルキーでクリーミーな甘さが加わることで、予想外なほど穏やかな一体感が生まれます。
今夜もよく飲みよく食べました。伝統的な江戸前の仕事に敬意を払いつつも、ブッラータやマスカルポーネを鮮やかに調和させてしまう柔軟なアプローチ。決して奇をてらっているわけではなく、そこにあるのは科学的なロジックに裏打ちされた圧倒的な完成度です。直線的な美味しさというよりは、まさに脳で味わう食体験。知性と五感が心地よく満たされた一夜でした。

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鮨は大好きなのですが、そんなに詳しくないです。居合い抜きのような真剣勝負のお店よりも、気楽でダラダラだべりながら酒を飲むようなお店を好みます。
すしのにぎりについての技術を網羅した決定版的な書籍。恐らくはプロ向けの参考本であり資料性の高い便覧でしょうが、素人が読んでこそ面白い傑作。写真がとても美しく、眺めているだけでお腹が空いてきます。