クルーズ船でワーケーションは可能かを検証してみたら、あまり快適ではなかった話

私はクルーズ旅行が好きで、日本近海はもちろん、地中海やエーゲ海、北欧、バルト海、アラスカ、ハワイ全島、パラオやグレートバリアリーフでのダイビングクルーズ、さらにはパリからノルマンディーの港町オンフルールへ下るリバークルーズまで経験しており、同世代の日本人としては、おそらくトップクラスの乗船経験を持っているのではないかと自負しています。
<過去の乗船経験>
MSC Preziosa(バルト海)
CroisiEurope(セーヌ川)
Voyager of the Seas(カリブ海)
Pride of America(ハワイ全島)
Ruby Princess(アラスカ)
Ruby Princess(地中海・エーゲ海)
Grand Princess(北欧)
Diamond Princess(日本近海)
グレートバリアリーフ(ダイビングクルーズ)
パラオスポート(ダイビングクルーズ)
パンスタードリーム (大阪~釜山)
飛鳥Ⅱ(日本近海)
にっぽん丸(日本近海)
ぱしふぃっくびいなす(日本近海)
おがさわら丸(小笠原諸島)

コロナ禍で図らずも時の人(船?)となった、あのダイヤモンド・プリンセスにも乗ったことがあります。私が乗船したのは2019年のことでしたが、その翌年、乗客乗員の集団感染によって横浜港に長期間留め置かれ、世界的なニュースになった、あの船です。今回はその乗船から7年ぶり、2回目のダイヤモンド・プリンセスでした。

コロナによって世界中のクルーズ船の運航が軒並みストップし、私自身もしばらくこの趣味から遠ざかっていました。しかしその空白期間のうちに、世の中は様変わりしていました。ひとつはスターリンクが一般にも普及し始め、クルーズ船上での通信環境が安定し、ネット料金が下がってきたことです。かつてのクルーズ船内のインターネットは、高高度の衛星を経由するため高遅延かつ低速で、速度は1〜2Mbps程度しか出ない上、驚くほど高価だったものです。

もうひとつはコロナ禍を経てワーケーションという言葉そのものが社会に浸透したことです。オンライン会議は当たり前の光景となり、「どこで働くか」に対する社会の目もずいぶんと寛容になりました。

この2つの変化を踏まえ、クルーズ船の上でワーケーションをすることも今なら可能なのではないかと思い立ち、実際に試してみることにしました。秋田県の職員のラブホテル喫煙バスローブ姿オンライン会見よりもレベルが高いかもしれません。
気になる通信環境につき、遅いが安定はしている、というのが率直な実感でした。安定して遅い、と言い換えてもいいかもしれません。船全体としては高速なスターリンク回線を受信しているはずですが、それを何千人という乗客全員で分け合う関係上、1人あたりの通信速度は数Mbps、実測で5〜7Mbps程度に、意図的に制限されているような印象を受けました。とはいえ、下り7Mbpsも出ていれば、Web会議自体は問題なくこなせます。

なお、自前でスターリンク端末を用意し、船室のベランダに設置してみようかとも考えましたが、船舶の通信設備に影響を与えかねないという理由から、個人によるスターリンク端末の持ち込み利用は技術的にも規約的にも認められていないようでした。
寄港地に立ち寄っている間はスマートフォンのテザリングでも繋がりますが、一日中海の上を航行し続ける終日航海日となると、頼れるのは船内のWi-Fiだけになります。船から陸地が見えていたとしてもスマートフォンの電波はほとんど繋がらないと考えておいた方がよいでしょう。そうなると、やはり何らかの代替手段がないというのは精神的に応えます。もし船内のWi-Fiにトラブルが生じたら、という想像だけで常に肝が冷える思いでした。

私はいつでもどこでも仕事ができる人間だと自分では思っていましたが、実のところそれは通信が安定していること、そして万が一ダメだった場合にすぐホテルを替えるといった代替手段を確保できること、さらにはヘッドセットやパソコンといった各種デバイスに不具合が起きた際にも、すぐ買い替えができるという前提の上に成り立っています。陸の上でのワーケーションであっても、近くに家電量販店がなければ結局は不安になる。船という逃げ場のない環境に身を置いたことで、そのことをあらためて強く再認識させられました。
加えて、船内アナウンスや避難訓練の類が、思いのほか大きな音量で流れてきます。その最中にオンライン会議をこなすのは、うるさすぎてほぼ不可能です。また霧が出ている日は、他の船に自船の存在を知らせるため断続的に汽笛が鳴らされるのですが、これがなかなかの大音量で、油断しているとマイクがしっかり拾ってしまいます。

こうした雑音は画面の向こう側にいる相手からすればそれほど気にならないのかもしれません。しかし話している本人としては、どうしても気になってしまう。結局、船上で落ち着いてこなせるのは、資料の読み込みや原稿の執筆といった、独りで完結する作業くらいのものでした。それでもちょっとした調べものや確認作業にインターネットが必要になる場面は多く、そのたびに通信環境の弱さが小さなストレスとして積み重なっていきました。
意外だったのが、運動不足には全くならなかったという点です。ダイヤモンド・プリンセスは18階建ての巨大な船ですが、私はそのほとんどを階段で移動していました。食後は必ず船内を散歩するようにし、時にはフィットネスセンターで筋トレをし、妻と卓球に興じることもありました。フィットネス教室にも参加してみました。ちなみにプールはかなり手狭であり、子供たちに占拠されがちなので、本気で泳ぐにはまず無理だと考えておいた方がいいでしょう。
一方で、食事についてはかなり自分を律する必要があります。船内は常に食べ放題。加えて今回は通信費やチップ、酒類まで全て料金に含まれるインクルーシブプランで予約していたため、お酒についても実質飲み放題という環境でした。

船内のどこにいても、実質無料(込み料金)で飲み物を持ってきてもらえます。これはなかなかに自堕落を誘う仕組みで相当の自制心が試されます。私は日頃からホテル暮らしのような生活を送っており、そこでの無料カクテルタイムや軽食、朝食を平然とパスできる程度には精神が鍛えられているので、今回のクルーズでも何とか自制することができました。しかし貧乏な家族が無理をして乗り込んできたような場合、「限界まで飲み食いしないと損だ!」とばかりに何が何でも元を取ろうとするであろうことは想像に難くありません。これは確実に健康を損ないかねない仕組みだとも感じました。

もっとも、そこそこ質の良い野菜やフルーツ、タンパク質がいつでもいくらでも摂取できるという点で、栄養バランスという観点においては陸上での生活よりも優れているかもしれません。
寄港地では気前よく現地の名物に舌鼓を打ち、その街で一番と評判のレストランに予約を入れることもありました。食事という点においては何ひとつ不満はなく、非常に豊かな日々だったと言えるでしょう。
船内は毎日がお祭り騒ぎで、パーティーが途切れることなく続きます。それを横目に自室で黙々と仕事を続けるというのは、覚悟していた以上に強靭な精神力を要求されました。妻からは「また仕事してるwww」とからかわれ続け、これがなかなかに精神的にこたえます。獅子身中の虫とはこのことです。
また、船室を担当してくれるスチュワードの視線もなかなかのプレッシャーでした。「こいつ、いつも部屋に引きこもって何しに来てるんだよ。さっさと出てけよ、こっちは掃除したいんだよ」そんな心の声が、はっきりと透けて見えてきます。
一度、部屋に戻った際にまだ清掃中だったので、今日はもう掃除は結構です、と伝えたところ、とても心外そうな顔をされました。仕事があるので部屋にいたいのだ、と説明しても全く伝わりません。「何を言っているんだこいつ」という顔で直視されます。わかる、わかるよ。俺だって「俺は何をやっているんだろう」と思っていたところだ。ディズニーランドのような非日常空間の只中で、一人黙々とパソコンに向かい続けるには相応の胆力が必要でした。
今回の費用は1泊あたり2人で約10万円。日本で1泊10万円のホテルといえば、リッツカールトングランドハイアットアンダーズコンラッドといった、いずれも一流とされる外資系ホテルの名前が浮かぶ水準です。それだけの金額を払っていながら、通信環境や静けさといった、仕事をする上で欲しい条件はどれも及第点止まり。少なくとも仕事のための環境という一点に絞って考えるのであれば、圧倒的に陸上のホテルをお勧めします。
勿論これはそこそこ良い部屋を選び、インクルーシブプランを選択した上での金額です。窓のない狭い部屋を選び、飲み物は水だけ、インターネットも不要、というスタイルに徹すれば、コストはもっと抑えられるでしょう。
割高で、不便で、精神的にもきついものがある。それが、今回の検証を終えての率直な感想です。クルーズに行くのであれば、行くと決めた以上は仕事のことなど忘れて全力で楽しむべきなのでしょう。
「スターリンクもあるし、クルーズ船の上でも普通に仕事ができるんじゃないか?」と考えている方。その考えは、今すぐ捨ててください。もし私の友人がそれをやろうとしていたら、積極的に止めます。ああ楽しかった。

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