葉山庵Tokyo/青山一丁目


かねてより「葉山庵に行ってみたい!」とのリクエストを頂戴していたので予約を入れる。
「あっつい!あっつい!」真冬だというのに顔を扇ぎながら駆け寄る彼女。「ついさっきまでジム行っててさ。体鍛えてるの。筋肉が増えて動きが軽くって軽くって。もう、どこまででも走っていけるって感じ?」いいねえ、マッチョな女の子は大好きだ。人間は筋肉量に比例して性格が明るくポジティブになるような気がします。

むかしむかし不健康な女と付き合っていたことがあって、一日中ため息をつきながら腰が痛いだの脚が痛いだの不平不満を漏らし続けていたので、「僕に愚痴って体調が良くなるならいくらでも愚痴ってくれて構わないけれど、そうでないならそういうことは二度と言わないでくれないかな」と告げたら二度と会ってもらえなくなったことを思い出しました。
店員が「お苦手な食材を○○と△△と伺っておりますが?」と再確認するのは良いことですが、その音量が店内に響き渡るテノールであり、「ちょっ、ちょっ、何あの店員!?超恥ずかしいんだけど!何であんな大声なの?」と彼女を赤面させてしまいました。これは新手の羞恥プレイである。

そういえば背後のテーブルは飲み会のような雰囲気であり、手まで叩いちゃってます。そういう雰囲気のお店です。
これは当店のPBでしょうか。非常に果実味のある重いシャンパーニュで中々イケます。泡に繊細さを欠いているのが実に惜しい。

「今日会えて良かった。あなた、バレンタインの時期は昼も夜も全部埋まってるだろうから、もう相手にしてもらえないんじゃないかって心配してたんだよね」
私はゆうべの饗宴のダメージから回復し切っていなかったので控えめにビールを。豊かなコクと深い味わいが印象的なクラフトビールであり、二日酔いの身体には荷が重い。

「ハイ!本命チョコレート!」向日葵のような笑顔と共に大きな箱を手渡す彼女。「ワインとか、ワイングラスとかも考えたんだけど、チョコレート蒐集家としてはやっぱりチョコレートが一番でしょ?」その通り、彼女は私のことを良くわかっている。やはりバレンタインは多種多様なショコラを集中的に食べ比べできるまたとないチャンスなので、チョコレートを頂くのが一番嬉しいのです。
アミューズはサツマイモのスープ。甘味がしっかりとしてイモの滋味に溢れているのですが、長いコースの最初の第一歩としてはヘヴィすぎるような気がしました。

「そうだ、この前ゴードン・ラムゼイ行ったよ、ロンドンの」つい先日、ロンドンのオススメレストランを問われてそう答えたのですが、まさか本当に行ってしまうとは。こういう報告は素直に嬉しい。
前菜は盛りがダサい。クリのムースはクリの風味に乏しく生ハムとの掛け合わせも謎。エビイモとマグロの取り合わせも考え物。ボイルした海老と切っておいただけのマッシュルームの意図も不明であり、鶏肉とイチゴの組み合わせに至ってはミステリーです。

おそらく私は人よりもオススメの店を聞かれる機会が多いのですが、時間をかけて検討し誠意を持って回答したとしても、その後の連絡が一切無かったり、見当違いの店に行かれたりすると、はっきり言って面白くありません。私はbotじゃなく心を持った人間なんだ。私の手を煩わせるならそれ相応の姿勢を見せてくれ。
パンはザクザクとした歯ごたえで小麦の風味も感じられ美味しかったです。

「美味しいんだけど、ランチなのにひとり4万円もかかっちゃった。ま、バカンスなんだから、いいよね?」ケラケラと豪快に笑う20代半ばの彼女。その年頃の私はというと、渋谷のワタミで全メニューを制覇して悦に浸ってたレベルである。もちろん卓を共に囲んでいたのはシイタケ嫌いである。
スペシャリテのフォアグラ茶碗蒸し。結構な量の黒トリュフが入っているのですが、風味に乏しい安物であるのが残念。ただしトリュフオイルがふんだんに用いられており、味付けも濃く、全体としては旨味が詰まって美味しかった。
「あのマンション、どう思う?」と、窓から見える前衛的な建物を指差す。どうって、ぐんにゃり曲がって面白い建物だね。オフィスビルじゃなくて、マンションなんだね。

「パークコート青山 ザ タワー。最上階は500平米で38億円」もはやここまで来ると高いのか安いのかよくわかりません。500平米の家で何するんやルンバ10台体制か。面白そうじゃん、食後に散歩がてらモデルルーム見に行ってみる?

「えええ事前予約がいるみたいだし、名前とか住所も書かされてバンバンDMが届くようになって迷惑かけちゃうよ」ずいぶんと詳しいねえ。「うん、一時期ずっと調べてたの」買う気かよ。
ヒラメは火入れの頂点を過ぎており丸焦げに近い。香ばしいというよりも苦味が出てしまっていて残念でした。

連れが追加でグラスワインを所望しスタッフと相談するのですが、外国人スタッフの日本語が不自由であり、「コレハアマイ!コレハアマイ!コレハアマクナイ!コレハアマイ!」の二元論のみでワインを語る。サービス料10%の意義を思い悩まずにはいられません。
メインはシャラン鴨のコンフィなのですが、どうにも肉質がボソボソとしており肉と脂のバランス感覚を欠いています。まるでダメな披露宴の料理を食べているかのような味覚です。
メインの後に連れがお手洗いに立ったのですが、彼女が不在時にお構いなしにデンとデザートを置いて行く給仕。しゃ、シャーベットがみるみる溶けていくじゃないか!貴様は料理に対する愛情が無いのか!連れが戻ってきても当然に皿の説明は無い。これなら自分で厨房に取りに行ったほうがマシというものである。
お茶は『ノーベル賞晩餐会でも供されるバラの香りの紅茶 セーデルブレンドティ』とのことでしたが、もちろん普通の紅茶です。そもそもノーベル賞晩餐会って美食がウリのパーティなのかなあ。権威主義的でゲストを煙に巻く姿勢は好きではありません。

ちなみにこの時、ウェディングの下見でカップルがウロウロと店内を歩き回るわ、隣のテーブルではスタッフの人事評価面談的な雰囲気での打ち合わせを開始するわで全く落ち着かない。およそレストランとして客をもてなそうという素振りはみられませんでした。

仕舞いにはお会計まで間違っていました。なぜ私が暗算でできる計算を機械を使って間違えるのか。ここで結婚式は絶対に挙げたくないなあ、数十万単位で金額を間違えられそうだ。
「外苑お散歩して帰ろっか。今の季節は空いてて気持ちいいよ」なるほど確かに冬のいちょう並木はガラガラのスキスキであり、これはこれで味のある風景です。
「新国立競技場、いい感じに仕上がってきたね」ああ、コロッセオみたいだ、という安直なコメントが頭に浮かび慌てて口元を押さえる。建築家の血が流れる彼女の目には、恐らく私のそれとは大きく異なる情景が映っているのかもしれない。50年後にも、ふたりで新々国立競技場の建築現場を見ることができればいいのだけれど。


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