レストランユニック(restaurant unique)/目黒


「ねえねえ、ジビエ食べに行こうよ。冬はそれぐらいしか楽しみが無いんだよね」とのメッセージ。即座に東京きってのジビエの名店を予約。パリの星付き店などで腕を振るってきたシェフのお店です。
「予想だにしなかった事態に陥り30分以上遅刻する」と連れより連絡。パンクチュアルな彼女が大幅な遅刻とは、余程の大事件が発生したのであろう。それではと、遠慮なく泡をボトルで注文し、ツマミ片手に読書に耽る。
イノシシの自家製生ハムや豚タンのコンフィ。イノシシの生ハムが野性味に溢れ味が濃く素晴らしき酒の友です。

「タクシー乗りましたごめんなさいーもうほんとにころしてくださいダッシュで向かってますダッシュしてるのはタクシーだけど」明らかにパニック状態のLINEに思わず笑みがこぼれます。
ジビエが自慢の店ですが、スープドポワソンも実に旨い。ザラりとした食感を残し、一口含むと魚介の旨味が大爆発。行列のできる魚介系つけめん屋のつけダレの倍くらい美味しい。これがフランス料理の底力である。

僕は泡飲みながらKindle読んでて充実してるから、気にせずゆっくり、気をつけておいで、と返信。「こんなわたしにお気遣いの言葉までありがとうございます気をつけるのはタクシー運転手ですが気をつけます!」と彼女としては稀に見る低姿勢。今夜はワンチャンあるかもしれません。
ヘッドスライディングで土下座しながら彼女が到着。それでも髪は美容院から戻ったばかりのようにきれいに整えられています。私は彼女のそういうきちんとしたところが大好きだ。事情を察したシェフが即座にコース料理をスタートしてくれました。

まずはカブのブランマンジェ。カブ味が濃い。カブを生で食べるよりもカブの風味が凝縮しています。オリーブオイルも新鮮で実に爽やか。シンプルな外観ですが、きちんとオカズとして成立しちている見事な一皿でした。
豚肉のリエット。安物のバターでお茶を濁さず手の込んだ一品をパンに添える。料理人としての矜持を感じます。パンもザクザクとした歯ごたえで大地の旨味が感じられ私の好きなベクトルです。

「もう、あたしより10コぐらい年上のオヤジが超使えなくって!そのくせあたしより階級は上なんだから!」とハンカチを噛む彼女。確かに日本は未だ年功序列意識が強すぎる。
ジビエを含む肉料理のみのコース「ユ肉」も興味深いのですが、今夜は魚なども含むスタンダードナンバーでお届けします。そのためまずは白を1本なのですが、フォアグラやスッポンを考えると、もう少し樽が強いもののほうが良かったかなあ。これは選んだ私の責任です。

ちなみに現在のフランス大統領は39歳。加えて述べるとブレアが首相に就任したときは43歳、JFKも大統領就任時は43歳、クリントン46歳、オバマ47歳です。知識の外部記憶化が進み判断力や実行力が価値を持つようになり、年齢など肉体の使用年数に過ぎなくなってきているというのに、日本企業は課長になるかどうかの年齢がアラフォーだなんてどうかしてる。
冷製のフォアグラをカカオで風味づけし、和牛タルタルの冷製とゴボウチップスを散らした一皿。ショッキングに旨い。恐らくロッシーニを上下反転させて冷製にするとこのようになるのでしょうが、そのような解説など語るほどにチープになる素晴らしい一皿でした。彼女も良いとしか言いようがない、というように無言でうなずいた。
スッポンとチキンのソーセージにスッポンのスープ。なるほどこれはジャパニーズ・ジビエ。たん熊のスッポン尽くしコースのどの料理よりも美味しく、これが5,400円のコースで出せるのは気前が良いとしか言ういようがありません。「あたしスッポン大好き」と目尻を下げる連れ。金のかかる女である。
魚料理はヒラスズキ。身の味そのものと脂の甘さがちょうど良いバランスを湛えています。付け合せのケールは逞しい食べ応えを張る一方で、クセなどは些かも感じられない。シェリービネガー主体のソースは王道中の王道でレベルが高い。当店ならびに当店のシェフはジビエ料理が得意と評されていますが決してそういうわけではなく、フランス料理に対する腕前が根本的に優れているだけではなかろうか。
メインはコルヴェール。マガモです。鳥肉としては異色を誇る真っ赤な肉。層になった白い脂に目をやるとまるで血気盛んな豚肉のようにさえ思えます。酷く味が濃く頭がクラりとする。丁寧に作られたサルミソース(骨のエキスを抽出した赤ワインベースのソース)も強烈な肉の旨さにピッタリであり、これは食材に対する愛の証明に他ならない。
デザートも抜かりなく高次元。マカロンにピスタチオのクリーム、メレンゲをトッピングした後にアツアツのホワイトチョコレートを流し込みます。これまでの料理とベクトルを同じくして迫力があり、これがフランス料理だと言わんばかりの締めくくりでした。

「今夜は遅れて本当にゴメン。ここはあたしにごちそうさせてね」と伝票をひったくる彼女。ありがたやありがたや、このお礼はいずれ精神的に。
ずいぶん遅くなっちゃったけど、フィアンセは大丈夫?と心にも無い心配をしてみせる私。「バンバン着信残ってたけど、今夜はいいの。それより次はいつ会えるかな?」あたしの苗字が変わる前に、と彼女は小さく付け加える。悪い女の気配を漂わせながらタクシーに乗り込み、彼女は野鳥のように去っていった。


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